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トラツグミの死

その小さな命は、窓の下でひっそりと息絶えていた。
小さな体をうつ伏せにして、まるで大地に「こんにちは」をしているような姿勢で。
外傷もなく、血も出ていない。
美しい死骸だった。

なぜこんな場所で。

そんな疑問が頭をかすめたものの、深く考えることもなく、「この死骸をどう処理すべきか」に思考を巡らせる。

このまま放っておけは、だんだんと腐敗が進み、やがて大地と同化して朽ち果てていくだろう。
しかし、その場所は人がそこそこ出入りする場所。
腐敗して行く様を毎日見るには、かなり強靭な心臓が必要だ。

やっぱり埋めた方がいいのかな・・・。

人間らしく「埋葬」という概念に行き着いたものの、なかなか死体を触る勇気はない。

一緒に死骸を見つめていた5歳の男の子に、

「あとで埋めてあげようか」

と呟き、成仏するようお祈りをして、一旦その場を離れた。

私はすっかり鳥のことなど忘れていて、その日やるべきことに思考を巡らせていた。

しばらくして。

男の子ママが、私に声をかけてくれた。

「あの鳥、トラツグミ、というらしいですよ」

すっかり鳥のことなど頭になかった私は、一瞬、なんのこと?と頭に?マークが飛び交う。

どうやら、一緒に死骸を見ていた男の子が、その後、やってきた動植物に詳しい知人に、その死骸を見せたらしい。

「そうだったんだ。鳥は土に埋めたの?」

そう尋ねると、彼女は意外な返事を返してきた。

「いえ、土に埋めるより、他の動物たちや虫たちが食べて、朽ちていく様を見るのも勉強だよ、ということで、少し離れた場所に板に載せてそっと置いてあります。」

ほほぅ。
さすがだ。

動植物に詳しいその知人は、この辺りの散策を念入りにしている方で、この土地の生き物にとても詳しい。
もともと学校の先生だった彼は、建物の中に入ってきた蝶を捕まえ、図鑑を取り出しながらその見分け方を丁寧に教えてくれたりと、伝えることにも、とても熱心な方だった。

もっと話を聞きたくなり、彼の元へいそいそと出向く。

「どうしてここで死んでたか、わかるかい?」

彼は私にそう尋ねた。

私はトラツグミが横たわっていた大地から少し視線をあげて、格子のガラス窓をじっと見る。

「この窓ガラスにぶつかったのかなぁ・・・」

その答えは、あたっていた。
さらに彼は続ける。

「どうしてこの窓にぶつかったのか、わかるかい?」

うーんうーん。
私は首を傾げながら思考を巡らせるが、これといった答えは出てこない。

「どうしてですか?」

そう尋ねると、彼は、ちょいちょい、と手招きをして私を窓の向かい、3−4メートルの位置にあるフェンスの抜け穴の近くに呼んだ。

「ここから、あの窓を見てごらん」

少し体をかがめて、建物のガラス窓を見上げると。

「あっ・・」

そこには、青空と雲がくっきりと写っていた。

鳥には、窓ガラスに映った青空も、実際の青空も、同じように見えると言う。

トラツグミは、フェンスの抜け穴をくぐり、ガラスにうつった大空目掛けて、なんの疑いもせずに、いつものように力いっぱい羽ばたいたのだろう。

そしてものすごい勢いで窓にぶつかり、窓の下の大地に落下し、息絶えた。

そんな物語が瞬時に私の脳裏をよぎる。

彼に教えてもらわなければ、「かわいそうな鳥さん」として、そっと土に埋められるだけだった存在。

身の回りに起きた出来事一つ一つを丁寧に見つめ、想いを巡らせると、その先には、人間だけではなく、小さな小鳥にも、彼の、彼女のストーリーがあるのだ。

そんなことを教えてくれた彼の見識の深さと、いつも伝えようとしてくれる彼の想いを、尊いと感じた日。


▼男の子のママのインスタグラムの投稿より








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