Secret Diary

『y月14日』
先のカウンセリングから日記をつけることになった。記憶をわざわざ紙媒体で記録するなんて面倒で無意味な行為。理解できない。

『x月5日』
何を書いたらいいのかわからない。
午後の定期検査が終われば今日はおしまい。

『x月6日』
今日は朝から私の知覚能力に関する実験。相変わらず退屈。人間が持つ痛覚というものが私にはよくわからなかった。
私からしたら人間の身体メカニズムの方がよっぽど奇妙なのだけれど。

『x月7日』
退屈な実験のあと、娯楽室で先生からピアノを教わった。
ピアノを触るのは初めてだけど、才能があるって褒めてくれた。
先生が弾いていた「子犬のワルツ」。美しい旋律だった。私もいつか弾けるようになるかしら。

『x月8日』
ライブラリにある重熱効果に関する本を何冊か読んだ。私自身の身体についてまだ知らないことばっかりだ。

『x月9日』
測定器と右腕をまた壊してしまった。
今度は全力を出してもいいって言ってたのに。
破損した腕の中身を見た人間が私に向けた怯えた目が忘れられない。
貴方の中身だって似たようなものでしょう。

でも先生が心配してくれたのはただ嬉しかった。

『x月10日』
今日は一日中ライブラリにある生物図鑑を眺めていた。
昔は多様な生物が存在してたみたいだけど、大きな災害で大量絶滅が起きたとか。
このこが可愛くてお気に入り。
(矢印の先には猫のような謎生物の落書きが描かれている)

『x月11日』
今日は定期カウンセリングの日だった。
人に日記を見せるのは気が引ける。
カウンセリングといっても雑談するだけ。
この時間になにか意味があるのかしら。

『x月12日』
今日は定期検査の後に修復された右手が届いた。
再接続は何度やっても慣れない。
遅延のせいでまだ文字が書きづらいし、本も読みづらい。

『x月13日』
右手もかなり馴染んできた。
今日は″糸″と"熱外郭"に関する検証実験があった。
結果は仮説通りらしく、研究者達の顔は明るかった。私も嬉しい。

『x月14日』
今日は先生にピアノを教わった。先生はいろんな曲を聴かせては、どう感じるか私に問いかけた。
私は先生が弾く「ノクターン第一番」が好き。
ただ音のパターンをなぞるだけの行為に私はどうしてここまで惹かれるのだろう。

... 


...

『xx月3日』
今日が最後の実験。これで私の役目は終わりなんだって。
役目が終わったら、私はどうなるの?

『xx月8日』
今日も明日も私は自室で待機。
本を読むくらいしかすることがない。
外にも出られないし退屈。

『xx月15日』
なにも無し。本を何冊か読んだ。
先生が書いた論文も読んでみたけどよくわからなかった。

『xx月16日』
何もなかった。カウンセリングも無し。
先生はなにをしてるんだろう。

『xx月17日』
(頭が沢山ついたねこ?のキャラクターの落書きが描かれている)

『xx月18日』
今日もなにも無かった。扉にはロックがかかっている。
この扉の向こう側はどうなっているのかしら。

『xx月19日』
(空白)

『xx月20日』
本に載っていた簡単な重熱式を試してみた。
振動を四物で増幅させれば壁の向こう側の音が拾えることがわかった。
足音,風の音,話す声,機械の作動音,紙の擦れる音。

『xx月21日』
研究員の話す声が聴こえた。
私は近々"消去"するらしい。
私の意識はどうなるの。
それは死ぬということ?

『xx月23日』
消えるのは怖くない。
私という自由意思の消失。
実世界との断絶。どれも物理的な現象に過ぎない。
(何か書いた跡があるが消されている)

『xx月24日』
私は役割を全うした。

『xx月25日』
(空白)

『xx月26日』
無意味だと思ってた日記に結局最後まで縋るなんて。

『xx月27日』
なぜだろう。もう一度だけピアノが弾きたい。

『xx月28日』
久しぶりに先生が会いにきた。
"死"が必ずしも終わりとは限らない。私の意識は元居た場所に還るんだって。

けれども、私が望むならもう一つだけ選択肢があると教えてくれた。

『xx月29日』
どこかからピアノの音が聞こえた気がした。
この旋律を美しいと感じる私の心だけは,
確かに今ここに存在していいと思えた。

『xx月30日』
私は先生に生きていたいと伝えた。
死んだらもう貴方にピアノを褒めてもらうこともできないから。

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