EP0 人形達のレゾンデートル

[PM 01:06 環境課庁舎 課長室]
デスクの上に置かれた推薦状には既に承認の判が押されていた。

静まり返った室内には環境課課長 - 皇純香の他に一人、白衣を纏った男の姿があった。
皇は人事資料を眺めながらゆっくりと口を開く。
「今回の件は特例だ。特に『重熱人形』の存在に関して、情報共有対象は慎重に選定していくつもりだ。一般的には通常の義体と同じものとして扱うこととするが、例外的に義体整備班には私から直接話を通しておく。」

「お心遣い、感謝いたします。」
謝辞を述べる男の手に握られた銀色のアタッシュケースには高次元物理学会- 通称メ学のシンボルマークが刻まれていた。
男の名はフェリックス・クライン。
男は腕時計をちらりと確認すると、携えたアタッシュケースの留め具を外していく。

「ではネロニカ、皇課長にご挨拶を」

ケースを開くと、中に詰められていたのは赤いドレスを纏った等身大の少女の人形だった。桃色の美しい長髪とガラスのような青い瞳、その腕や足の節々に見える球体式の関節。
”それ”はケースから這い出ると、カタカタと音を立てながらその手が、足が、頭が、人間としてあるべき方向に向き直っていく。

人形は皇の目をじっと見つめると、か細い声で話し始める。
「お初にお目にかかります…皇課長…。私は…ネロニカ。人は私を重熱人形と呼びます。」
スカートの端を持ち上げてペコリと頭を下げる。

「....。高次元物理学会の″箱入り娘″と聞いていたが、まさか本当にケースに入れて持ち運ぶほどとはな...」
皇の若干の畏怖と皮肉をこめた冗談を笑って流し,フェリックスが返答する
「IDカードの発行がまだでしたから,”備品”として搬入いたしました。」
悪びれる様子はない。

「資料にも記載されておりますが、重熱人形は一般的な義体技術とは根幹となった理論体系が異なります。我々も解析には手を焼きましたが... 危険性はありませんよ。」
運用方法を間違えなければ、と付け加える。

「面白いものを見せましょう... 例えばネロニカの各身体パーツは"我々が認識する次元"で物理的に接続されているわけではありません.ほら...興味深いでしょう!」
フェリックスはネロニカの右腕をもぎ取ると,皇に向けて差し出す。

「先生...? 人の身体で勝手にデモを始めないでください」
もぎ取られた右腕の指先が持ち主の驚きに呼応するようにぴんと延びる。

皇は溜息をつくと、差し出された人形の手を握る。
「私は環境課課長、皇純香。そこの男から話は聞いている。君の身体がワケありなことは承知の上での採用だ。
この組織で重視されるのは過去ではなく能力だ。君が持つ稀有なる四物の才能、存分に生かしてくれることを期待している。
組織を代表して君を歓迎しよう。ようこそ環境課へ」

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