虚気坦懐ノ人形

--- 環境課庁舎 屋上 ---

肌を刺すような鋭い風が吹き抜ける。
「もうこんな季節か…」
グレン・バトラーは肩に積もった粉雪を手で払いながら呟く。
吐息は副流煙と混ざり合い、より一層白さを増していた。

「ご用件はなんでしょうか。」
声の方に振り返るとそこには桃色の髪の人形が佇んでいた。
「ああ、ネロニカ。来たか。」
ネロニカと呼ばれた少女は無表情のまま、すぐ隣の手すりに腰掛ける。
「...また例の事件の話ですか」
ああ、と力なく返答するグレン。

環境課に甚大な被害をもたらした ド取による庁舎襲撃事件。多数の犠牲者を出したこの事件は環境課に属する以上、常に命の危険が伴うという事実を再確認するには充分すぎる出来事だった。

「こんな状況だ。本来後方支援にあたる複危での任務だって安全とは言えない。それでも...」
「私は命令に従うだけです。」
ネロニカの即答。
対してグレンは語尾を強めて返す。
「これは命令云々の話じゃない。お前の意思を聞いているんだ。沢山の仲間が犠牲になってもお前は何も感じないのか?」

「それは...」

ネロニカの脳裏に浮かぶのは、廊下ですれ違うたびに話しかけてくる騒がしい課員、義体の整備をしてくれた口の悪い課員、業務のサポートをしてくれた優しい課員。みんな、もう居ない。

しばらくの静寂。
「私には…わかりません。」
非可逆的な事象に対する喪失感。虚しさ?あるいは恐怖?どうして?

「...先に戻ります。少し…時間をください。」
立ち去っていくネロニカの後ろ姿が愛娘の姿と重なる。

「死ぬなよ…」
グレンの呟きは風の音と重なり、虚空に消えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?