憲法53条後段についての解釈を示した裁判例の整理

1. 憲法53条後段とはどういう規定か

立憲民主など野党5党は18日、憲法53条に基づき、臨時国会の早期召集を求める要求書を衆参両院議長に提出した。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と閣僚ら自民党議員との関係が相次いで表面化している問題や、新型コロナウイルス対策、物価高への対策について速やかに議論する必要があると訴えている。政府・与党は早期召集には応じない構えだ。

臨時国会、野党5党「早期に召集を」 与党、追及恐れ後ろ向き
https://mainichi.jp/articles/20220818/k00/00m/010/355000c

 記事にもあるように、野党は2022年8月18日、憲法53条に基づいて、臨時国会の召集を要求しましたが、与党は早期召集には応じないとのこと。

 そもそも憲法53条とはこういう条文です。

第53条(臨時会)
内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

日本国憲法

 まず、「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。」と定める前段部分は、内閣に臨時国会を召集する権限を与えています。一方の後段部分は、「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と定め、国会議員からの要求があった場合に、内閣に臨時国会の召集を決定するよう求めています。

 今回野党側はこの後段部分によって、内閣に対して臨時国会を召集するように求めているということになります。しかし、記事にもあるように与党側は国会の早期召集に応じない姿勢を見せています。「召集を決定しなければならない。」と定められているのに、これは許されるのでしょうか。日本語的に純粋に解釈すれば許されないような気がしますが、法的にはどうなるのか。この点についての裁判例を整理してみたいと思います。

 
 検討に当たっては、以下の3点が問題になるように思います。(司法審査の対象になるかも問題になりますが、憲法53条後段の解釈とは若干次元が異なる話になってくるので、今回は省略します。)

2. 憲法53条後段についての裁判例

①53条後段によって、内閣は国会を召集する法的義務を負うか。

②仮に義務を負うとして、いつまでに召集しなければならないか(いつまでに召集しなければ義務違反となるか)。

③召集義務違反があった場合に、国家賠償をしなければならないか。

 整理する裁判例としては、
A. 那覇地判令和2・6・10裁判所ウェブサイト
B. 岡山地判令和3・4・13裁判所ウェブサイト
の2つを見ていきたいと思います。
 これらの裁判例は、2017年に当時の安倍内閣が、野党議員による憲法53条に基づく国会召集要求から98日後まで臨時国会を召集しなかったことが、憲法53条後段違反であるとして、国家賠償請求を求めた事案です。国家賠償請求についてはいずれも棄却していますが、憲法53条後段について、実質的な判断を示している貴重な裁判例です。

A. 那覇地判令和2・6・10裁判所ウェブサイト

 憲法53条後段に基づく内閣の臨時会の召集については,議院の総議員の4分の1以上の要求がある場合において,内閣が憲法上の要請に基づき行う必要があるものであって,(①)これは単なる政治的義務と解されるものではなく,憲法上明文をもって規定された法的義務と考えられる。また,憲法53条後段は,議院の総議員の4分の1以上の要求があった場合に内閣に臨時会の召集を義務付けるものの,その(②)召集時期については何ら定めを置いていないが,召集の要求がされてから合理的期間内に臨時会を召集する義務があると解される。
(中略)
 
憲法53条後段に基づく適法な召集要求があった場合,内閣としては,臨時会の召集を行う憲法上の義務を負うものであるところ,例えば,通常国会の開催時期が近接しているとか,内閣が憲法53条前段に基づき独自に臨時会を開催するなどの特段の事情がない限り,同条後段に基づく臨時会を召集する義務があるのであって,上記のような特段の事情の有無を考慮する以外に,臨時会を召集するかしないかについて,内閣に認められる裁量の余地は極めて乏しいものと考えられる。また,臨時会の召集決定を行うべき時期についてみても,内閣は,憲法53条後段に基づく適法な召集要求があり,臨時会の召集が憲法上一義的に義務付けられている以上,仮に被告が主張するとおり,臨時会の召集時期の決定について政治的要素を考慮するなどの裁量を残す余地があるとしても,召集をしないという判断が原則としてできない以上は,召集時期に関する裁量も必ずしも大きいものとは考えられない。
(中略)
 憲法53条後段に基づく内閣の臨時会の召集決定は,「議院の総議員の4分の1以上の要求」という同条の規定する要件を満たした場合には,内閣が臨時会の召集決定を行う憲法上の義務を負うものであり,仮に内閣がこの義務を履行しない場合(不当に召集が遅延した場合を含む。)には,憲法53条後段の趣旨すなわち少数派の国会議員による国会の召集要求の途を開け,少数派の国会議員の意見を国会に反映させるという趣旨が没却されるおそれがあるのであって,そのような事態が生じる場合には,議院内閣制の下における国会と内閣との均衡・抑制関係ないし協働関係が損なわれるおそれがあるというべきであるから,司法審査の対象とする必要性が高いというべきである。
 また,憲法53条後段に基づく臨時会の召集決定が政治性のある行為であることは否定できないものの,そのような行為であるとしても,憲法上の適否は判断が可能であるし,昭和35年最判(筆者注:最大判昭和35・6・8民集14巻7号1206頁)が司法審査の対象外であるとした衆議院の解散と同程度ないしそれ以上の高度の政治性のある行為であるとまでは解し難い。確かに内閣による臨時会の召集決定を司法審査の対象とし,違憲判断をした場合には,国政に与える事実上の影響が少なくないことは否定できないものの(原告らは,仮に本件において違憲判断がされた場合でも,被告に慰謝料の支払義務が発生するにすぎないなどと主張するが,現実の影響を考慮すると,同主張は採用することができない。),前記のとおり,内閣が憲法53条後段に違反して臨時会を召集しない場合には,議院内閣制の下における国会と内閣との均衡・抑制関係ないし協働関係が損なわれる可能性があると考えられる以上,これを司法審査の対象から外すことが相当であるとはいえない。
(中略)
 内閣の憲法53条後段に基づく臨時会の召集行為が国賠法1条1項の適用上違法となるというためには,議院の総議員の4分の1以上の召集要求があったにもかかわらず,内閣が臨時会を一定期間召集しなかった行為が,個別の国民(本件では国会議員)に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められる必要がある。
(中略)
 憲法53条後段は,「議院の総議員の4分の1以上の要求」がある場合に内閣に臨時会の召集を義務付けているところ,その文言からは,「議院の総議員の4分の1以上の召集要求」があった場合に,内閣に臨時会を召集するべき憲法上の義務が生じるものと解するのが自然であって,それを超えて,「議院の総議員の4分の1以上の召集要求」があった場合において,(③)内閣が,当該召集要求をした個々の国会議員に対し,臨時会を召集する(国賠法1条1項の)職務上の法的義務を負担することまでを規定したものとはただちにはいえない
(中略)
 個々の国会議員が憲法53条後段の規定に基づき内閣に対して臨時会の召集要求権を有するものと解したとしても,これは,国会議員の内閣に対する主観的請求権として,それが履行されない場合に国に対する損害賠償請求権に転化するという性質のものであるとはいえない。そうすると,内閣は,憲法53条後段所定の召集要求があった場合において,臨時会を開催するべき憲法上の義務を負うとしても,当該義務は,国賠法上,個々の国会議員に対する職務上の義務であるということはできないから,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求に対する内閣の召集決定については,国賠法1条1項の適用上,違法と評価する余地はない。
(中略)
 憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求に対して,内閣は臨時会を召集するべき憲法上の義務があるものと認められ,かつ当該義務は単なる政治的義務にとどまるものではなく,法的義務であると解されることから,同条後段に基づく召集要求に対する内閣の臨時会の召集決定が同条に違反するものとして違憲と評価される余地はあるといえるものの,他方,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求をした国会議員に対して,内閣が国賠法1条1項所定の職務上の義務として臨時会の召集義務を負うものとは解されないのであるから,内閣が召集要求をした個々の国会議員に対し,国賠法1条1項所定の損害賠償義務を負う余地はなく,政治的責任を負うにとどまるものといわざるを得ない。 
 したがって,本件召集要求に対し,内閣が行った臨時会の召集(本件召集)は,これが冒頭解散により実質的には召集されていないか,あるいは憲法上認められる合理的期間を徒過したものであるとして,違憲かどうかを判断するまでもなく,原告らの国賠法1条1項に基づく損害賠償請求は理由がない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/566/089566_hanrei.pdf


B.  岡山地判令和3・4・13裁判所ウェブサイト

 憲法53条後段に基づく臨時会の召集は,同条前段とは異なり,三権分立制の下,国会による自律的な集会を保障するとともに,いずれかの議院の総議員の4分の1という少数派の国会議員に国会の召集要求の途を開け,少数派の意見を国会に反映させるという趣旨に基づき,憲法上の要請として,議院の総議員の4分の1以上の要求がある場合に臨時会の召集を決定しなければならない旨を定めているものであって,(①)これは単なる政治的義務ではなく,憲法上明文をもって規定された法的義務であると解される。また,(②)憲法53条後段は,その召集時期について明文上の定めを置いていないものの,上記のような趣旨からすれば,内閣は,同条後段に基づく臨時会の召集要求がされた後,召集手続等を行うために通例必要な合理的期間内に臨時会を召集する法的義務があるものと考えられる。
(中略)
 内閣の憲法53条後段に基づく臨時会の召集行為が国賠法1条1項の適用上「違法」となるというためには,議院の総議員の4分の1以上の召集要求があったにもかかわらず,内閣が臨時会を一定期間召集しなかった行為が,個別の国民すなわち個々の国会議員に対して負う職務上の法的義務に違反したものといえることを要する。
 そして,国賠法1条1項は,公務員が個別の国民の権利又は法律上保護される利益を侵害して,国民が具体的な損害を被った場合に,その損害を賠償させることにより当該侵害を救済するものであるから,内閣の上記行為により,個別の国民すなわち個々の国会議員の権利又は法律上保護される利益が侵害されたといえなければ,内閣が,個々の国会議員に対して負担する当該国会議員の権利又は法律上保護される利益を保護すべき職務上の法的義務に違反したものとして「違法」と評価される余地はないものと解される(最高裁平成2年2月20日第三小法廷判決・裁判集民事159号161頁参照)。
(中略)
 (③)憲法53条後段は,あくまで「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求」があった場合に,内閣において,召集のために必要な合理的な期間を超えない期間内に臨時会の召集を行うことを決定する憲法上の義務を負わせるにとどまり,国賠法1条1項の適用上,損害賠償による救済の対象となり得るような,個々の国会議員の法的権利又は法律上保護される利益として,臨時会召集要求権を規定したものとはいえず,内閣が,個々の国会議員に対して,臨時会の召集を決定すべき義務を負うものとは解されない。
(中略)
 以上によれば,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求に対して,内閣は,召集手続等を行うために通例必要な合理的期間内に臨時会を召集すべき憲法上の法的義務を負うものと解されることから,同条後段に基づく内閣の臨時会の召集決定が同条に違反するものとして違憲と評価される余地はあるといえるものの,他方,内閣が,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求をした国会議員に対して,国賠法1条1項所定の職務上の法的義務として臨時会の召集義務を負うものとは解されないから,内閣が召集要求をした個々の国会議員に対し,国賠法1条1項所定の損害賠償義務を負う余地はなく,政治的責任を負うにとどまるものといわざるを得ない。
 したがって,本件召集要求に対して内閣が行った本件召集が,実質的には本件召集要求に基づく臨時会の召集とはいえず,又は合理的期間内に行われたものとはいえないとして,憲法53条後段に違反する否かについて判断するまでもなく,原告の国賠法1条1項に基づく損害賠償請求には理由がない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/304/090304_hanrei.pdf


3. まとめ


 これらの2つの裁判例を見ると、憲法53条後段によって、①内閣は臨時国会を召集する法的義務を負う、②内閣は要求後、合理的期間内に臨時国会を召集しなければならないというのが、法的なコンセンサスだと思われます。

 しかし、この合理的期間というのは具体的にどの程度なのか、召集義務違反に対する責任をどのように負うのか、についてはまだまだ議論途上といえるでしょう。

 また上記裁判例は、国側が国家賠償請求義務を負う余地がないから、憲法違反かどうか判断する必要はないと言っています。しかし、国家賠償請求を起こした議員は、別に賠償金が欲しいわけではなく、内閣の行為が憲法53条後段に違反するか否かを裁判所に判断してほしくて便宜上国家賠償請求を起こしたにすぎません。このような場合には、裁判所が国家賠償請求が認められるか否かに関わらず、憲法判断をすべきであるとの批判があります。(判例上、国家賠償請求が認められないにもかかわらず、憲法判断をした事例として、最大判平成27・12・16民集69巻8号2427頁。)

 現在、これらの一連の訴訟は、最高裁に係属中です。最高裁が憲法53条後段について、実質的な判断を示してくれることを期待したいですね。

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