recipe3.小川で缶チューハイ
【不器用な癒しのお品書き。とは?】
毎日自分なりに頑張る私へ、だらりとした癒しはいかがですか。明るく丁寧なひかりの癒しではなく、もっと温度の低い、影の癒しを。どこかのあの子が秘密にしている、ここだけに留めたい癒しを集めました。
本日の不器用さん:自分とのギャップに心をすり減らすBさん
大学3年生の春、私はアートを学ぶために休学し、上京した。
大学では看護を学んでいた。
自分で選んだ学問だったが、日々の授業や実習を重ねるにつれてどんどん専門性を増し、日に日に視野が狭くなっていくことへ危機感を感じていた。
加えて、実習では病院の無機質な空間に違和感を抱いていた。もっと患者さんに豊かな病院生活を送ってもらいたい、その方が辛い病院生活の心持ちも明るくなるのではないか、そんな想いをもやもやと抱いていた。
「医療は他の分野と融合していくべきだ」と強く思ったとき、もともとアートに関心があったことも相まって、「医療×アート」の可能性を追求したいという衝動に駆られた。
そして、気付いたら東京にいた。
田舎から上京したての頃は、東京にある何もかもが眩しくて、必死にその眩しいものに食らい付いていた。
ビジョンや人、社会のために行動しているインターン先の社長や、アーティストとして既に頭の中にあるものを世に表出している同世代。
そんな憧れの人たちと、自分もそうなりたいという願望、できる人たちへの嫉妬、何もできない自分への絶望感。
そんな感情が目まぐるしく頭を行き来して、毎日脳みそは飽和状態。
顔に出やすいらしく、よくインターン先の先輩には「元気ないね、どうした?」と声をかけられた。
当時、仕事の帰り道には、狂ったように人に会った。
きっと『休学』を異常なまでに敏感に意識していたのだと思う。
心の中で唱えていたことはこうだった。私は休学という時間を買ってるんだ。価値のある時間にしなきゃ。この時間に値する何かを得なければ...
そんな焦りを抱いていた私は、とにかく自分の未来に結びつきそうだな、面白い人だな、と直感した人に、毎日、毎日会った。1日に2~3人会うこともざらだった。
そんな相手との時間は尊いものだった。
とてもいい時間……だったのだが、自分の心はどこかですり減っていった。
例えば、自己紹介での肩書きを並べてしまうことや、話を聞くたび自分との比較をしてしまうこと、さらに気を遣うという性格もあり、心は悲鳴を上げていた。
それでも今の自分に満足いかなくて、眩しいものをひたすらに追いかけた。
追いかけて、息を切らして、呼吸困難になっていた。
不器用な癒し:土手で缶チューハイ
そんなことを繰り返し、常にどこか孤独を感じていた私には、よく家の近くの小川に行った。小さな川が流れ、その両側には土手がある。
私は決まってその土手で、缶チューハイを飲むという儀式をしていた。
まず、近くのコンビニで缶チューハイを買う。水やジュースではだめ。
土手に着くと、買いたてのチューハイを一応周囲を気にしつつ、開ける。
プシュっと鳴る。
その音を聞くと、今だけは現実を忘れられるような気がした。
チューハイは本当はすり減っていた私の心をごまかすのに最適だった。
ごまかしたいけど明日も仕事、そんなジレンマに寄り添ってくれた。
あいにくお酒は強いので、一缶では酔えるはずはない。
だけど、口にお酒を含みながら今日の出来事を懐古するのが日課であり、唯一自分でいられる時間だった。
しばらくして、チューハイを飲み切らないまま家に帰った。
この束の間の人の時間で、またゆっくり現実に戻っていくことができた。
ライター:財前 穂波(zaizen honami)
ぼんやり考えることが好きで、夢見がちです。マイブームは「あの物陰から小人が出てきたら...」と考えること。とりあえずポッキーをあげようと思います。褒められたいタイプです。みなさんが私の文章いいな、って感じてくれたら月まで飛んで喜びます。
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