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技術の"誇大な宣伝"とその評価

新しい技術ってなかなか実用に至らないよね、というお話。しかし「見えづらい小さな発展」を評価することも大切だよね、というお話。

Sabine Hossenfelderさんという科学系YouTuberがいらっしゃいます。140万登録(as of 15Jul.2024)なので大変な人気です。科学に関し辛口というか冷静な評価をする印象があります。例えばかつて「『仮想の素粒子の動物園』を作ることには意味がない」という主張をしたのをよく覚えています。素粒子論では様々な理論を作り出し、それに応じて様々な未知の粒子の存在を仮定します。しかしそれらの多くは結局観測されたことはないので、そういうことに時間・お金をかけるのはやめようというお話だったと思います。

その方が「技術の"誇大な宣伝"」に関する以下の動画をアップロードしました:

最後のほうは"Brilliant"という科学教育ウェブサイトの宣伝ではあるのですが、動画の内容はなかなか考えさせられます。

日々様々な技術の進歩がニュースに掲載されます。しかしその技術の名前を再び聞くことがあるでしょうか?それが商品化され、実生活の役に立ったり、手に取ったことがあるでしょうか?おそらく多くのニュースに関しては二度と聞かないんじゃないかと思います。

動画で紹介されていますが、これに関連するHype Cycleなる概念があるそうです:

これは、技術が成熟するまでに世間からの注目度・関心度がどのように変化するかを概念的に表した図(上のサムネの赤線)です。大きく「黎明期・流行期・幻滅期・回復期・安定期」の5段階にわかれます。詳しくは上記Wikipediaを見ていただきたいのですが、細かいことはいわなくても、これら段階の名前でなんとなくどのような過程を経て技術が成熟するかわかるのではないかと思います。この5つの段階をすべて乗り越えたものが安定的に世に出回ります。最初は注目度は高いですが、その後大きく下がります。そして何より、多くの技術は「流行期・幻滅期」のあたりで消えてしまいます。

動画では電池に関するHype Cycleに関して紹介しています。次の論文のFigure 3では、Hype Cycleのグラフに2023年時点での個々のバッテリー技術を乗せており興味深いです:

またFigure 4では、これらのバッテリー技術を"priority matrix"という表にまとめています。この表の横軸は"Technology potential"、すなわちその技術の価値です。これをLow, Medium, High, Transformative (大きな変化をもたらす、革新的)の4つに分けています。縦軸は"Time-to-market"、すなわちどのくらいのタイムスケールで市場に出回るかの予想値です。表の左上に位置する技術が、重要度が高く、また市場に出回るまでの時間が短いと予想されているものです。これらの図に関しては、論文をダウンロードしてそれをお読みいただくか、またはHossenfelderさんの動画に引用されておりますのでそれをご覧ください。

電池の技術開発ではhigh energy-density, high power density, many life-cycles, environmentally friendly, robust & durable, safe, cheap等様々に克服すべき課題があります。どれかひとつのブレークスルーでニュースになったとしても、結局すべてを満たすのは困難であり、大抵はどこかの段階でスタックしてしまいます。市場に安定的に供給されるのはなかなか難しいです。 ゆえにいつしか人はこのようなニュースに対して懐疑的・悲観的になります。しかしながらFigure 4の左上に位置する技術のように、革新をもたらし近年実用化される可能性が高い技術も存在することは確かです。

ところで「ゆるコンピュータ科学ラジオ」というYouTubeチャンネルがありよく見るのですが、その動画の中でも「Invention and Innovation: 歴史に学ぶ「未来」のつくり方(バーツラフ・シュミル(著),栗木さつき (翻訳))」という本の中の主張として、電池・バッテリーの進歩が遅いことを紹介しています:

これは「イノベーションは加速している」という近年よく言われる主張に異を唱える動画です。電池に関しては「年2%しか容量が増えてない」と言及しています。本動画は技術向上に関する宣伝と実際の進歩の度合いに関するギャップに言及したものであり、Hossenfelderさんの上述の動画と深く関わっているように思います。

しかし一方で、同チャンネルにおける以下の動画では以下に説明するような興味深い観点に関して話しています:

この動画は、大規模言語モデル・AIによる自然言語処理の研究者である「りょーさん」と、大規模言語モデルの基礎に関して話すシリーズのうちのひとつです。この動画でAIの学習過程に関して言及しています。

AIの学習では、その能力は線形に上がるのではなくある時点で突然その能力が向上する、とよく言われます。ところが実はそうではないという主張があります。おそらく以下の研究を元にした発言だと思います:

本動画では突然能力が上がっているように見える理由として、スコアの測り方が悪く細かい能力の伸びを測れないことを挙げています。評価において部分点のようなものを与えず、完答できて初めて点を与えるために、評価が連続的でなく離散的になってしまうということです。

そして人間の主観的な評価もそうなりがちだと述べます。何かを評価する際ちょっとヘンな違和感があるだけでダメにみえるが、あるところで急に完璧に見えたりします。またその人の経歴にも評価は引きづられます。例えばネット上でも、その人がバズったことあるか否かで主張の評価が変わることもあります。学歴信仰も似たようなものです。"良い"大学を卒業するか否かは人の評価を大きく変えます。芸人さんでも同様なことがあるそうです。下積み時代は「何が面白いんだ」と言われていても、テレビに出ると「あいつは売れると思っていた」と言われることもあります。結局人は連続的な理解が苦手であり、離散的だと動画では述べています。私も全く同意です。

Hossenfeldersさんの動画、また"Invention and Innovation"の本の主張のように、マスコミの技術関連の宣伝は誇大であり、結局は市場に出回らないではないか、という意見はよくわかります。しかし技術は一足飛びに発展するわけではないです。小さな技術の積み重ねで最終的に大きなイノベーションが起こります(例外もありますが)。もし離散的な評価しかせず、小さな技術進歩を無視するなら、研究機関や企業は成果を上げていないと見なされ資金も得られず研究できません。部分点を与えるような、一歩一歩の発展をちゃんと評価する視点をもつことは大切だと思います。また前述したように、革新的かつ実用化が近い技術も確かに存在することも忘れてはいけないと思います。

おしまい。$${{}_\blacksquare}$$



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