ディベロッパー表紙

しのぶれど

ディベロッパーに登場する、プロバイダーとハニー・ビーの外伝です。
読んで頂けたら嬉しいです(*´∀`*)ノ

 私が生まれたのは、長く内紛が続くある小国だった。
 昼夜問わず聞こえる銃声。爆音と悲鳴に硝煙と血の匂い。崩れた瓦礫、日常に横行する暴力と殺人。

 それが、私がこの世に生を受けて以来、見てきた全てだ。

 経済や暮らしは崩壊し、街は暴徒で溢れ、弱き者たちは路地裏のさらに奥やマンホールの中、瓦礫の隙間で息を潜め、辛うじてその日を生き延びる日々。
 私と母も、この地獄に暮らす弱き者だった。

 昨日までは。

 目の前に転がる母の屍の前で、私は悲しみに泣くことも怒りに震えることもなく、ただ薄ら笑いを浮かべている男たちをぼんやりと眺めていた。
 三人の男たちはどうやら私をお金に変える算段を話し合ってたようだが、やがて話がまとまったのだろう。男の一人が道端で座り込み呆けている私の手を無造作に掴むと乱暴に引き上げる。

 振り向けば、母の骸が目に映る。
 美人で優しかった母。自分ひとり生きるだけでも大変なのに、決して私を見捨てなかった母。幼い私を守るために男たちに命を投げ出した母。

 母との思い出がビデオの早送りのように頭の中に駆け巡り、私の中に意思の火が灯る。

 悲しみや怒りとは違う。ただ、純粋な殺意。

「あぁあぁあああぁぁぁあああぁぁああぁぁぁあああああぁ!!!!!」

 小さな身体の中で膨れ上がったそれを吐き出すように叫びながら私は叫び、腕を掴む男に飛びかかるとその喉元に思い切り歯を喰い込ませた。
「があぁぁぁ!!!」
 痛みと驚きに、男は叫び声を上げながら私を振り落とそうと振り回す。
 私は決して振り落とされまいと両手両足を男に絡ませるように服を掴み、喉元に食い込む歯に力を込める。せめてこの男だけは……。

 しかし所詮は子供の力。大人には敵わず、男の拳が顔面に当たった衝撃で地面に投げ出されてしまう。
 思い切り地面に背中を打ちつけた私が咳き込みながら見上げれば、男は怒りに表情を歪ませている。
 その首元には私の歯型がクッキリと残り、うっすら血が滲んでいた。

「このガキがぁぁ!!」
 男は私を蹴りあげようと、思い切り足を振り上げ……。

 そのままクルリと空中で反転すると頭から地面に落ちた。
 私は何が起こっているか分からないまま、男が地面に倒れる様子を見つめていた。
 倒れこむ男の後ろに立つ、黒い影が視界に映った。
 その影があっという間に、呆然と仲間を見つめる残り二人の背後に回り込む。と、先の男と同じように、体重100kgを越えようという彼らは空中に跳ね上がり、同じように顔面を硬いアスファルトの地面に叩きつけられたのだ。

 あっという間の出来事。男たちはピクリとも動かない。

 影がこちらに向かって歩いてきた。

 死神。

 母が寝物語に聞かせてくれた、恐ろしい物語が頭に浮かぶ。
 巨大な鎌で人の命を刈り取る、真っ黒な化け物の物語。
 鎌こそ持っていなかったが、黒ずくめの影のような『それ』は、地面に横たわる私の前にしゃがみ見込んで、品定めでもするように私の顔を覗きむ。

「名前は?」
「……ユマ」
「親は?」
 私がちらりと母の亡骸に目をやるのを見て、影は全てを把握したように頷くと、「私の家に来るか?」と言い、私はただ頷く。
 もう帰る家はどこにもなく、子供が一人で生きていくにはこの国は厳しすぎる事を幼い私は理解していた。

 それが、私と先代、13代伊賀忍頭領 相沢 白雲斎の出会いだった。

 それから十年。私は16歳になっていた。
 私は、白雲斎の養子として『相沢』の姓を与えられ伊賀の里で修行に励んでいる。
 修行は厳しかったが、故郷での地獄のような暮らしに比べれば衣食住に不自由しないこの里での暮らしは天国だ。

 それに私には十数人の『兄弟』もいた。
 長兄である相沢譲を筆頭に、国も人種もバラバラの兄弟たちは、養父で頭領の白雲斎が依頼で出向いた国々で孤児となった子供たちの中から、素養有りと認めた者を引き取り、伊賀忍者として育てているのだ。

 忍者の里というと、山奥にひっそりとある集落のような場所を連想するかもしれないが、そんな事はない。
 三重県のある地方都市の一角にある、10階建てのマンションが今の我々の『里』であり、白雲斎は表向きそのマンションの管理人ということになっている。

 忍者の有り様も昔とは随分と違う。産業スパイとして企業に潜り込み、国家的な諜報の為に世界を飛び回り、私設SPとして要人警護に当たる。
 無論、依頼を受ければ暗殺や組織壊滅のための武力を行使することもある。
 舞台は日本から世界に移り、近代武器の扱いや言語の習得、世界情勢や歴史など、身につけなくてはならないことは山積みだ。
 
 私たちは文字通り命懸けの修行と、教養のための知識を学び、その中で白雲斎に認められた者だけが伊賀忍者として任務をこなす。
 そして、伊賀忍として実績を積んだ者から『次の白雲斎』が選ばれるのだ。

 目下のところ14代 白雲斎に最も近いとされていたのが長兄である譲だ。
 「ジョウ」が正しい発音だが、国籍がバラバラの我々の間では「ジョー」と呼ばれている。
 180cmを超える長身に切れ長の瞳、黒髪であることや肌の色からアジア系であるのは間違いないが、その出自を知るのは白雲斎だけだ。
 普段は気さくで明るく姉弟の面倒見もいい彼だが、その力量は兄弟の中でも群を抜いていて、白雲斎に育てられた『相沢家』だけでなく、現役も含めた全ての伊賀忍の中にも、彼に実力で及ぶ者はいなかった。

「ユマ、久しぶりにどうだ?」
 マンション地下の道場で伊賀流格闘術の乱取り稽古を行っていた私に、ジョーが声をかけてきた。
 憧れの兄との久しぶりの稽古。兄弟たちは俺が私がと不満の声を上げたが内心ではジョーの相手が務まるのは、白雲斎の旧友 サワムラ老師の元、共に修行を重ねた私だけであることを分かっているのだろう。

 動悸が早まり頭に血が上がっていくのが分かる。
 相澤家の長兄にして『憧れ』の忍であるジョーの胸を借りることに、気持ちが高まってしまっているのだろう。心を鎮めなければ。

 相沢譲の乱取りが見られるということで、兄弟を始め道場で修業中の伊賀忍全員が壁に寄って正座で私たちを見つめる。
 青畳の真ん中で相対した私とジョーは、互いに一礼し構える。
 恐らく、何も知らない者が見れば向かい合った二人がただ突っ立っているだけに見えるだろう。

 無型の型。

 何時如何なる場合も対処出来る事を旨とする伊賀流格闘術には構えがない。
 五感を使い、レーダーのように『自分のいる空間全てを把握』するのだ。

 指導に当たっていた伊賀忍の「始め」の号令とともに、それまでのニコニコ顔から一変するジョーの表情。
 攻撃しようにも一分の隙もない彼を崩すため、脳が高速でシュミレーションを開始する。
 コンマ数秒でシュミレーションを終えた私は、真正面からジョーに突っ込むと突きを放つ。それを右足を引いて身を捻り躱すジョー。
 ここまでは想定通りだ。
 ジョーの突きが来る前に畳を蹴り、正面の壁に向かって飛び跳ねると身体を捻りながら壁を蹴って、勢いを乗せて前方回転。ジョーの脳天めがけ踵を落とす。

 だが、私の踵の先にあるべきハズのジョーの頭はなかった。
 勢いのまま更に半回転し、畳に手をついて前転、背後を狙っているだろうジョーから距離を取ろうと畳を蹴って前方に飛ぶ。
 スピードと反射神経には自信がある。さすがのジョーもついては来れないだろう。
 見守る道場生が慌てて身を避けるのを確認しながら、壁を蹴って身を捻り、ジョーの姿を確認しようとするも、彼の姿を視界に捉えることが出来ない。
 と、私の視界はそのままグルリと回る。
 受身を取ろうとするが体がピクリとも動かず、畳が眼前に迫ってくる。

 畳の目が数えられるほど目の前に迫ったところで、再び視界が回転。
 ふわりと背中から床に着地した私の目に、蛍光灯の明かりと逆光になった兄の顔が見えた。

「攻撃の時に一瞬、相手から目を離すのは悪い癖だぞユマ」
 ジョーの穏やかな声が聞こえ、私は自分が投げられた事を理解した。
「も、もう一回!」
「相手をしてやりたいが、そろそろ任務の時間だ」
 また今度な。
 ジョーはそう言って私の頭をクシャクシャと撫でると、道場を出て行った。
 顔が赤くなり、頭に血が上る。
 かなり稽古を積み実力をつけたと思ったのに、まったく歯が立たなかった事が、子供扱いされた事が、悔しいのだ。きっと。

 もっともっと稽古して、ジョーと並び立つ実力をつけなくては。
 そして、私もジョーと共に任務をこなす一人前の忍びにならなくては。

 16歳の私は、固く決心したのだった。

 ジョーがアメリカで『草』になる。
 兄弟にそんな話を聞いたのは、私が19歳になったある日の事だ。

 伊賀忍には二つの道がある。
 一つ目は、白雲斎が受けた依頼を割り振られ、そのミッションをこなす実働部隊の『忍』。
 二つ目は、世界各地に根を下ろし、その国の住人として暮らしながら本部に情報を送り、時に実働部隊のサポートをする『草』だ。

 通常『草』は、『忍』としての実力が足りていないと白雲斎が判断した者が任命される、いわば閑職だ。
 少なくとも、14代 白雲斎最有力候補であるジョーが『草』になるハズなどない。デマにしてもあまりにも出来の悪い、バカバカしい話だった。

「いや、それが…ジョーが自ら『父さん』に願い出たと言うんだ」
 私のすぐ下の『弟』、ホンウィンは譲らない。
「その話をするために、今、ジョーが父さんのオフィスに来ているって……」
 私は、ホンウィンの話が終わる前に、マンション最上階のオフィスに向かって階段を駆け上がった。

 私が10階に辿りついたのと、オフィスからジョーが出てきたのはほぼ同じタイミングだった。
「ジョー!」
 私が名を叫ぶと、ジョーはいつものように穏やかな笑顔を向けてきた。
「ユマか、久しぶりだな」
 いつもと変わらない様子に、私はホッとする。
 やはり、ジョーが『草』になるなんて根も葉もないデマだったのだと。

「来週、アメリカに渡り道場を開く事になった。これからは『草』としてアメリカに根を下ろすよ」
 いつもの笑顔で、いつもの穏やかな口調で、ジョーは信じられない言葉を口にする。
「今、父さんにも了承をもらったところだ」
「……なぜ?」
「ん?」
「なぜ、兄さんが『草』になるんだ? 兄さんは『忍』のトップじゃないか」
 自分でも声が震えているのが分かる。握り締めた拳が冷たい。

「『忍』でいることに疲れてしまったんだ」
 兄はそんな私をなだめるように、ことさら穏やかな声で、しかしキッパリと言った。
「父さんに拾われてからずっと『忍』を目指して修行し任務もこなしてきたが、どうやら俺は『忍』には向いていないらしい。
任務を終えるたびに自分が削られていくような気がするんだよ。ユマ」
 ジョーはそう言って眉根を上げた。初めて見る弱々しい顔。
「任務を終えた喜びより、人を騙したり命を奪った後悔で押しつぶされそうになるんだ。それでも自分を騙しながら続けてきたが、もう限界だ。俺には忍の世界は辛すぎる」

 ジョーは優しい。兄弟だけでなく伊賀の仲間から信頼されるのは、誰に対しても真摯に接するからだ。
 決して仲間を見捨てず、諦めず、根気強く教え、育てる。いつも笑顔で仲間の先頭に立ち、みんなを導くリーダー。
 しかし、そんな彼を助けられる者は、どこにもいない。
 彼は、そのずば抜けた強さと優しさ故に、仲間を助けることは出来ても頼る仲間はいないのだ。 

 立ち尽くす私に、困ったような笑顔でジョーは、
「失望させてゴメンな」
と言って、私の頭をクシャクシャと撫でるとエレベーターに乗りこむ。それでようやく私は、自分がどんな顔で話を聞いていたのかを悟った。慌てて振り向き、誤解を解こうとするが身体が思うように動かない。
 微笑みを浮かべたジョーを乗せたエレベーターのドアが閉まり、エレベーターが下方に消えていく。

 階段を駆け降りれば、まだ間に合う。
 愛しい人に自分の気持ちを伝えることが出来る。
 だが、私はその場から動かずに、階数を示すエレベーターのインジケーターが下っていくのを見つめる。
 この気持ちを伝えれば、優しい『兄』をきっとまた苦しめてしまうだろう。
 1階で止まるインジケーターに、私はそっと呟いた。

「バイバイ兄さん。またいつか」

おわり 

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