落語の話

「寿限無(じゅげむ)」の噺

古典落語で有名な噺は数々ありますが、その中でも特にタイトルが有名な噺といえば、「まんじゅうこわい」「時そば」そして「寿限無」だと思います。

例えば、テレビアニメ「じょしらく」エンディングテーマ「ニッポン笑顔百景」ではAメロの部分に「寿限無~」の名前がそのまま使われてたり、アニメにもなった高津カリノさんの漫画、「サーバント×サービス」の主人公「山神 ルーシー【以下略】」は、(多分)この「寿限無」が元になったキャラクターだと思います。

また、NHK教育の番組「にほんごであそぼ」の中で、もと大関のKONISHIKIが子供達と歌っていたので、タイトルや内容は知らなくても、

「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ うんらいまつ ふうらいまつ くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ ぱいぽ ぱいぽ ぱいぽのしゅーりんがん しゅーりんがんのぐーりんだい ぐーりんだいのぽんぽこぴーの ぽんぽこなーの ちょうきゅうめいのちょうすけ」

という、謎の歌詞に聞き覚えがある方も多いかと思います。

漢字に直すと、

寿限無、寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の
水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処
藪ら柑子の藪柑子
パイポパイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助

となり、これ古典落語に登場する、一人の子供の名前なんですね。


ストーリー

ある男が、生まれた息子の名付けを和尚さんに頼みに来ます。
男が言うには、長寿を願った縁起のいい名前にしたいと言う。
そこで和尚さんは、男の意に沿った言葉を言って、その意味を解説していきます。
男は和尚さんの解説に感心しつつも、「もっと他にありますか」とやるので、だんだん和尚さんのネタも尽きて、最後にはかなり適当なのも混じり出す。
ひとしきり聞いたあと、男は一つに決められないので、全部繋げて息子の名前にすると言い出し、その子の名前は「寿限無~」になるのです。

名前の甲斐あってか、元気でわんぱくに育った「寿限無~」でしたが、とにかく名前が長いので、叱るにも褒めるにも、朝起こすにも、名前を呼ぶだけで大変なのが玉に瑕。

そんなある日、「寿限無~」の友達が、慌てて家にやってきて、
「大変だよおじさん! 『寿限無~」ちゃんが川に落ちた!」
「なに!? うちの『寿限無~』が川に落ちた!?」
とにかく名前が長いので、友達と父親のやり取りの間に、当の「寿限無~」は溺れて死んでしまった。

という話。

良かれと思って付けた名前が災いして息子が命を落としたという皮肉を含んだ内容になってます。今で言えば「キラキラネーム」をつけられたせいで子供が迷惑するみたいな感じですかね。

ただし最近では、子供が死んでしまう噺は時代に合わないということで、「寿限無~」と喧嘩してたんこぶを作られた友達が「寿限無~」の父親に言いつけに行くけど、「寿限無~」の名前が長すぎて、詳細を話しているうちにたんこぶが引っ込んでしまうというバージョンに変わっているらしいです。

この噺は、前座になった落語家が、最初に覚える演目としても有名です。
というのも、ストーリーの中で「寿限無~」という長い名前が何度も登場するうえに、ストーリーが進むごとにどんどん早口で言わなくてはならず、さらに、「寿限無~」の名前を色んな状況で何度も言うこと自体が笑いになる、専門用語で言うところの「天丼」だからです。

「天丼」というのは、例えばAさんとBさんが長いやり取りをして、それをもう一度繰り返すときに要所要所を変えることで笑いを取る方法で、「天丼には一般的に海老が二本載っているから~」というのが語源らしいです。

で、古典落語って、この「天丼」の笑いが基本なんですね。
例えば「時そば」では、屋台のオヤジや屋台で出される蕎麦を褒めちぎり、勘定の最中に「今、何時だい?」と聞いてお金ををごまかし安く払う男を見ていた別の男が、別の屋台の蕎麦屋で真似ようとするも、全然うまくいかない上に「今何時だい?」と聞く時間が早かった所為で、お金も余分に払うことになってしまうというストーリーです。

他にも、登場人物が少ない(和尚さん、「寿限無~」の父親と友達)とか、ストーリーが単純明快とか、理由は色々あるみたいですが。

つまり「寿限無」という噺には、古典落語の基礎が詰まっているっていう事で、だから落語家を目指す人は、まず最初にこの噺から覚えていくという事みたいです。

ちなみに、一見(一聴?)無意味な言葉の羅列に聞こえる、この名前に使われている各フレーズにはちゃんと意味があります。

寿限無→限りない長寿。

五劫の擦り切れ→本来は「五劫の摺り切れず」が正しいけど、語呂が悪いので最後の「ず」は省略されてる。
天女が時折泉で水浴びをする際、その泉の岩の表面が微かに擦り減り、それを繰り返して無くなってしまうまでが一劫とされ、その期間はおよそ40億年。それが5回擦り切れる、つまり永久に近いほど長い時間のこと。

海砂利水魚→海の砂利や水中の魚のように数限りないたとえ。

水行末雲来末風来末→水・雲・風の来し方行く末には果てがないことの例え。

食う寝る処に住む処→衣食住の食・住より。これらに困らずに生きて行ける事を祈ったもの。

藪ら柑子の藪柑子→「やぶらこうじ」とは藪柑子(やぶこうじ)で生命力豊かな縁起物の木の名称。「ぶらこうじ」はやぶこうじがぶらぶらなり下がる様か(?)単に語呂の関係でつけられたようにも思える。

パイポ、シューリンガン、グーリンダイ、ポンポコピー、ポンポコナー→唐土のパイポ王国の歴代の王様の名前でいずれも長生きしたという架空の話から。グーリンダイはシューリンガンのお妃様で、あとの2名が子供(娘)達という説も。

長久命→文字通り長く久しい命。また、「天地長久」という読んでも書いてもめでたい言葉が経文に登場するので、そこからとったとする説も。

長助→長く助けるの意味合いを持つ。
(ウィキペディアより抜粋)

というような感じ。
まぁ、どこまで本当にある言葉なのかは分かりませんが。

一見、とっつきにくい印象のある古典落語ですが、もし興味があって、でも何から観れば(聴けば)いいか分からないという方は、まずはこの『寿限無』からスタートされることをオススメします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?