見出し画像

クズ星兄弟の旅路【一気読み】


introduction

「なぁ、兄貴」
 唯でさえ猫背な背中をさらに丸めて、相棒のセイこと星崎シンジが口を開いた。
「なんだ」
 ぞんざいに応えながらも俺、葛生タツオはセイが次に何を言うのか分かっている。「この道で合ってるのかい?」だ。

「本当にこの道で合ってるのかい?」
 ほらな。
「合ってるのかも何も、一本道なんだから間違えようがねえだろ」
「だって、もう一時間も歩いてんのに、見渡す限り田んぼと野っ原と廃墟しかないんだぜ。疑いたくもなるだろ?」
 俺たちの根城でもある新宿駅から電車を乗り継ぎ三時間以上。
 今にも崩れ落ちそうな無人駅を出てからは、ボスのメールに添付された地図に従い、村道とも農道ともつかない道を一時間以上歩いている。
 なのに目に入る景色は刈り取りの終わった田んぼと、恐らく跡継ぎがいなくて雑草が伸び放題の元田んぼばかり。たまに道沿いに現れる民家らしき建物にも人の気配はない。
 そりゃぁセイじゃなくても、道を間違えてないか疑いたくもなるってもんだろ。
 おまけにこの道ときたら、ずっと緩やかな上り坂になっていて先の見通しが利かねぇときている。歩けども歩けども、一向にゴールの見えない状況が、俺たちの体力と気力を地味に削っていきやがるのだ。

 そもそも、歌舞伎町を根城にしてる俺たちが、北関東の名前も知らない村まで出張った理由は、ボスからの電話だった。
『仕事だ』
 一仕事終え、やっと家に帰ってのんびりしようという矢先の銅鑼声にうんざりする。
「おいおい、こっちは今仕事を終えたばかりだぜ」
 疲れから、返す口調もついついキツくなる。前を歩いていたセイが振り返った。
『そんな事は依頼主に言え。こんな時間に連絡寄越しやがって……』スマホに表示されている現在時刻は午前三時。確かに人様に電話をするには非常識な時間だが。
「なんだよ、緊急事態か?」
 他の霊能者では祓えない悪霊。通称「雑虗」を祓うのを専門にしている俺たちだが、稀に依頼主の命に係わる緊急の依頼が入ることがある。今回もそれかと思ったが——。
『まぁ、緊急事態と言えばそうかもな』
 珍しく歯切れが悪い。
『要は奴らのメンツの問題よ。マスコミに嗅ぎつけられる前に、一刻も早く面倒ごとを片づけちまいたいって事だろ』今回の依頼主は役人だからな。と、ボスは吐き捨てるように言う。ボスのこういう態度は珍しい。
『この前、大創世界の教祖が殺されたろ。アレ絡みの仕事だ』と、ボスは心底嫌そうに言う。
 基本、ボスは新興宗教やカルト絡みの依頼は受けない。しかし、今回は恩人の紹介とかで断りたくても断れないらしい。
 とにかく現場までの地図と経路はメールに添付して送るから、明日の始発で向かえ。詳しい依頼は依頼主に聞け。と言い捨て、ボスは一方的に通話を切った。

 その後、メールに添付して送られてきたデータを見ると、北関東の聞いたこともない村の名前と、そこに向かう路線と時刻表が記されいた。
 向こうさんの要望に応えるため、俺たちは帰って休む事も暇もなく、メールに記されたコインロッカーに寄って、朝四時の始発に飛び乗り――そして、今に至るってわけだ。

「なんだありゃぁ……」
 緩やかな上り坂がやっと終わりに差し掛かったところで、俺たちは呆然と”ソレ“を見あげた。セイのやつが思わず呟いちまうのもよく分かる。俺だってまったく同じことを思ったからな。

 それは、田んぼと草っ原しか見えない景色の中に突如として現れた、まさしく「異物」だった。 野っ原と田んぼが広がる景色の中に、無理矢理張り付けた下手くそなCGみたいに、真四角で、真っ白で、巨大な建物が突如として姿を現したのだった。

「ニュース等でご存じかと思いますが」と、男は切り出した。

 俺たちの度肝を抜いた巨大な正方形の建物の前には数台のパトカーと、青地に白い2本のストライプが入ったバスが一台、道路を塞ぐように止められ、その手前には「通行止め」の看板と警備と思われる警官が立っていた。 その警官に依頼主の名前を告げると、警官や機動隊員を縫うように銀縁メガネを掛けた痩せぎすの、いかにも神経質そうな男が現れ、「柳田です」と抑揚のない声で名乗った。 柳田について建物の前まで行くと、入り口の前に「大創世界本部」の金文字が浮き彫りされたバカでかい看板が目に飛び込んでくる。

 大創世界と言えば、1980年代後半に衆目を集めたカルト教団だ。 教祖自身を生き神と崇め、信者の数と彼ら彼女らから巻き上げた金銭を駆使。芸能界や政治の中枢にまで入り込み勢力を拡大した。 多数の有名芸能人が信者になった事が話題になり、高額な壺だの掛け軸だの水だの、まぁ、そんな怪しげなグッズを洗脳した信者に売りつけて金を巻き上げ、有り金全部を献金させたうえに消費者金融で借金までさせたなんて話もある。 そのせいで莫大な借金を背負って自ら命を絶った元信者や信者の家族も多いらしい。 一時はマスコミや世論の集中攻撃によって解散したかに思われてたが、ひと月ほど前、元信者に襲撃された教祖が死亡したというショッキングなニュースによって再びその名が浮かび上がってきたというわけだ。

 柳田が言っているのは、その襲撃事件の件だった。「あの襲撃事件以降、教団が今も多数の反社会的行動を行っているという告発が何件もあり、昨晩、この本部に家宅捜査を行うことになったのですが――」 中に立てこもった教団幹部は捜査を拒否。 捜査員が強硬突入を試みるも、踏み込んだ直後、意識不明に陥ったのだと、柳田は言った。「意識不明?」「先頭に立って建物に踏み込んだ数名が、その場に倒れ込み意識を失ったため、後続の捜査員が彼らを連れて建物から脱出したのです」「中にいる信者が何かしたとか」 セイの言葉に、柳田は眉根を寄せ「当然その可能性は調べました」と呆れたような声で言う。「意識を失った捜査員を医師が調べましたが、物理的攻撃はもちろん、毒物やガスなどの痕跡も検出されませんでした」「本人たちは何て?」俺の問いに柳田は「化け物に襲われた――と言っています」と答えた。 突如恐ろしい化け物が目の前に現れ、気がついたらここにいたのだ。と、捜査員たちは口を揃えたと言って、柳田は鼻を鳴らした。信じていないのだろう。霊も、俺たちの事も。 しかし、これで俺たちが呼ばれた理由は分かった。化け物退治は役人の仕事ではないし、目の前の男にすれば、マスコミが押し寄せる前に、出来る限り速やかに家宅捜索を終わらせたい。 むろん柳田が幽霊だの霊能者だのを信じていない事はその態度からも明らかだが、今回の一件を知り、俺たちを呼ぶように進言した“誰か”がいたわけだ。柳田では逆らえず、うちのボスと繋がる誰かが。「話は分かりました。それじゃぁ早速仕事にかかりましょう」 そう言って、俺がセイの腹に一発肘を入れると、セイはウゲッと呻き声をあげた。頭に?マークを浮かべるセイに、顎でついてくるように即すと、俺たちは巨大なガラス張りの入り口に向かう。

「何すんだよ兄貴」「バカ野郎。仮にも依頼主にガン飛ばす奴があるか」「だってあいつ――」 言いかけるセイを手で遮る。「分かってる。だが今は仕事に集中だ」 そう言って俺は、巨大なガラスの前に立ち霊を見えづらくするグラサンを外すと、真っ暗なロビーとその先に伸びる廊下を視る。「こいつはちょいと、厄介だぜ」

「兄貴ー!」
「なんだ!」
「このままじゃ埒が明かないぜ!」
 完全に俺の判断ミスだった。
 グラサンを外して建物の中を見ると、広いエントランスの奥に続く廊下の壁・床・天井から、この教団を守ろうとするかのように無数の手が生えていた。
「兄貴、あれヤバくね?」
 確かに厄介そうな相手ではある。しかし、あの手から感じる気配はさほど強くはないし、建物のどこかに隠れている本体を祓えば、あの手も消えるだろう。なら、ここでウダウダ考えるより、突入して一気に本体まで辿り着きぶっ叩くほうが手っ取り早い。と、そう考えたのだが――
 無数の伸びる手は、俺が考えるよりもずっと面倒な相手だった。
 廊下の壁から、天井から、床から、俺たちを捕まえようと伸びてくる無数の手を、俺はメリケンサックをハメた拳で、セイは鋲つきの革靴で片っ端から祓うが、祓った場所から新たな手が生えてくるという状況はキリがないし、このままではこっちの体力が先に尽きるだろう。
 いつもなら簡単に分かる雑虗の気配が、今回は建物のどこからも感じられない。

 突入直後に意識を失った捜査員が見た「化け物」とはこの手の事だったのか。四方から伸びる無数の手は確かに怖いだろうが、しかし、それなら「化け物」はなく「手」と表現するのではないか。普通なら「化け物」は、見たことのない異形を指すハズなのだ。
 そんな事を考えつつ向かってるく手を祓いながら、一歩一歩前に進む俺たちを、祓いきれなかった、祓った場所から新たに生えてくる手の指が、爪が、俺たちの顔や腕を引っかき、引っかけたスーツのボタンを引きちぎる。この建物に入ってからずっと動きっぱなしで、そろそろ息も上がってきた。
「兄貴、俺そろそろ限界なんだけど!」
 俺の前を行くセイが悲鳴のような声を上げる。俺も同じく限界は近い。一時的でもいいから、何とかこいつらを何とか出来るアイテムがあれば……。と思った瞬間、俺の脳裏にボスからの指示でコインロッカーから持ちだした物と、同封されたメモがフラッシュバックする。
『もし、ヤバくなったら使え』
 殴り書きのメモ紙と一緒にコインロッカーに入っていたのは、千代紙で折られた鶴だった。しかし、この折り鶴をどう使うのかまでは書かれていない。
「……一体どんな状況でどう使うか書いとけよ」眠気も手伝って、そんな悪態を吐きながらスーツのポケットにねじ込んだまますっかり忘れていたのだ。

 何とかポケットから折り鶴を取り出すと、鶴は俺の掌の上で二・三度羽ばたき、ぺちゃんこだった胴体が膨らんで――

キョーーーーー!
と、鳴いた。
 特殊部隊が大きな音と光でテロリストを鎮圧する時に使う、音響閃光弾並の爆音が建物全体を震わせ、俺の意識も飛びかける。
「っざけんな!どうなるかちゃんと書いとけ!クソジジイ!」
 あまりの衝撃に、掌と膝を床につけたまま、俺はボスに悪態を吐くことで何とか意識を保つ。自分の耳鳴りで何も聞こえない中、思わず瞑った目を開くと、四方からあれだけ大量に生えていた手が、すべて消え失せていた。
 大音量の不意打ちに、気を失って倒れていたセイが唸り声をあげながら体を起こす。
「え、一体何が起きたの?俺、死んだ?」
「安心しろ、まだ生きてる。お前はボスのせいで気を失ったが、俺たちはボスのお陰で助かったらしい」
 セイは壁に背を預けたまま辺りを見回し、
「あぁ……もしかしてあの折り鶴?」と言った。
 相変わらず、察しがいい。俺は、そうだ。と答えながら雑虗の気配を探る。すると、奥の方微かだが雑虗の気配を感じた。どうやらあの無数の手に邪魔されて、気配に気づけなかったらしい。
「どうだイケるか?」
「あぁ、何とか」
 俺とセイは立ち上がる。まだ耳鳴りがするが体力は幾らか回復していた。
「よし、じゃぁ、このクソ仕事をさっさと終わらせて、とっとと帰るか!」
 俺は平手で自分の顔を叩き、気合を入れて一歩を踏み出した。

 暗い廊下を進むと巨大な吹き抜けロビーに出た。その先の壁には大きく重そうな木製のドアがあり、その上に「大礼拝堂」と書かれたプラスチック製のパネルが貼り付けられていた。雑虗の気配はそのドアの中から漂ってくる。
 ゆっくり扉を押し開けると、階段状にズラリと椅子が並んだホールがあり、その先にステージが見える。窓が暗幕で塞がれ日光が入らないためホール内は薄暗く、酷く饐えたような匂いがした。いや、違う。この匂いは――。
「臭せぇ……」セイが顔を顰める。そう、この匂いは雑虗の放つ腐臭だ。
「ステージからだね」
 スカジャンの袖で鼻を押さえながらセイが言う。俺は頷くと、周囲を警戒しつつステージに向けてゆっくりと歩を進めた。
 進むほど匂いがキツくなるが未だ雑虗の姿は見えない。ステージの手前まで来ると、箱状の演壇の裏から灯りが漏れているのが見えた。ステージに上がると、演壇の裏には人一人がしゃがんで降りられる階段があった。
「隠し部屋ってわけか……」
 演壇をくぐり下に降りると、人一人がやっと通れるくらいの無機質な白色の短い廊下。その突き当りには扉があり、その奥から強烈な腐臭が漏れ出ていた。俺はセイに目配せすると突き当りのドアを思いっきり蹴り破った。

「「何者だ!」」「「神の御前であるぞ!」」「「図が高い!!」」「「不遜である!」」
 部屋の壁や天井を動き回る何百もの目が俺たちを睨みつけ、数百の口達が俺たちを罵倒する。
 なるほど、これが「化け物」の正体か。
 部屋の奥一面が、ダイヤル付きの巨大な鉄扉になっている八畳ほどの正方形の部屋。
 その鉄扉を守るように、目・鼻・口・耳と、何百人分ものバラバラな顔のパーツが、規則性なく何重にも張り重ねたコラージュしたように重なり合って出来ている巨人が立っていた。
「なるほど、そういうことか」
 最初に建物に踏み込んだ捜査員が見たという「化け物」とは、コイツの事だったのだろう。
 その正体は、教祖に騙され、全財産をむしり取られ、死んだ後も教祖を信じ続けて、この建物に集まった哀れな信者の群れ。
 俺たちが気配を感じ取れなかったのは、こいつらが、建物内にバラけて俺たちや捜査員といった侵入者を見張っていたからだろう。
 イワシの群れが集まって巨大な魚影に擬態するように、一匹一匹はほとんど気配しか感じられないほど、貧弱な霊力しか持たない雑虗どもが大量にこの教団本部に集まって住み着くことで、この建物自体が一体の巨大な雑虗になっていたのだ。
 しかし、生前教祖が最も執着していた、この隠し金庫を守るため、建物に巣食う全雑虗がこの隠し部屋に集まり、人の形を成して、俺たちと対峙しているのだ。
 だが、コイツら守ろうとしている『神』は既に死んでいる。今、この建物にあるのは生前の教祖が残した薄汚れた欲望の残りカスと、それに縋る哀れな信者の群れ。
 巨大な空っぽの箱に入ってったのは、有りもしない“何か“に縋る信仰の残滓だけだった。
「「この無礼者!」」「「膝まづけ!」」「「神を崇めよ」」
 口達が、俺たちを罵り続ける。何処にもいない神を崇めろと叫ぶ。それは、あまりにも空虚で、愚かで、哀れで、虚しい光景だった。

「まったく、見ちゃいられねぇな……」
「「なんだと!」」「「生意気な小僧が!」」「「神の御前である」」

「ぷっ、ぶふっ!」
「「何を笑う!」」「「神の御前であるぞ!」」「「不謹慎だ!」」俺の隣でいきなり噴出したセイを、口達が叱責する。
「だってお前ら、さっきから『神の御前』『神の御前』って言うけどさ、お前らの後ろにあるのは金庫の扉じゃんか。お前らの神様ってのは金庫なのかよ」セイは「カルトの神が金庫って話が出来すぎだろ」と、笑いが止まらない。
「「カルトなどではない!」」「「我らが神を罵るか!」」「「下賤の小僧が生意気な!」」「「神はここに御座すのだ!」」
「いねえよ」
 俺の声に口達は驚いたように言葉を止めた。
「お前らが神と呼んでる詐欺師、山田金蔵はもうこの世にはいねぇ。お前らの元仲間に殺されちまったからな」
「「なっなにを――」」
「そこにあるのは、お前らがヤツから毟られた金だけだ」
「「嘘つきめ!」」「「この下郎が」」「「我が神はここに――
「大体よ、」俺はギャーギャーと喚くうるせえ口共を遮る。

「お前ら神ってなんだか分かってんのか?」

「「馬鹿者め」」「「愚か者」」「「我らは神の神々しいお姿を――
「ば――か」あまりの無知さ、無邪気さに思わず鼻を鳴らしてしまう。

「人間が神になんか成れるわけねえだろ」

 そもそも、神ってのはこの世界を動かすためのシステムの事だ。だから本来の神ってヤツを、ほとんどの人間は見たことがないし見たとしても認識できない。
 だから人間は、“宗教“という手段を使って、神というシステムにアクセスしているのだ。
 対して、コイツらはその“手段“だけを真似した宗教の劣化コピー。信者どもが信奉してんのは神でも何でもねぇ。神を名乗るただの人間だ。

「つまりは最初から、お前らが神と呼ぶ男はただの詐欺師で、お前らは今も詐欺師に騙され続けてるただの被害者なんだよ」

「「うるさぁぁぁぁぁぁい!!」」

 数百の口が一斉に叫ぶ。
「「黙れ!」」「「この嘘つきめ!」」「「バチ当たりめが!!」」「「我らは神と共に」」「「我らが御神の盾である」」

 俺の言葉に逆上した巨人は、数百の口で喚き散らしながら、振り上げたこぶしを俺めがけて振り下ろす。だが、その拳は俺には届く前に、セイの蹴りで粉砕された。

「「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「兄貴!」「おう!」
 俺たちはほぼ同時にダッシュすると、巨人の懐に潜り込む。数百の目が俺たちを補足した時、すでに俺たちは巨人の両膝に渾身の蹴りとパンチを叩き込んでいだ。

「「ぎゃぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!」」

 数百の口が悲鳴を上げ、両膝を破壊された巨人の左胸が、達磨落としの要領で俺の目の前に降りてきた。
「もう、楽になれ」
 俺は、メリケンサックを握りこむと、渾身の右ストレートを寄せ集めの巨人の、寄せ集めの心臓に叩き込んだ。

 俺とセイは手錠をされて捜査員に引きづられるようにパトカーに乗り込む幹部どもを離れた場所から眺めていた。教祖・山田金蔵の死後、ヤツに近しい幹部どもはこの本部の二階の会議室に立てこもっていたが、発見時は全員意識を失った状態で発見されたらしい。

「まったく、余計な事をしてくれましたね」と、柳田が指でメガネを押し上げながら言った。
「あなた方は、ただ建物内に我々が入れるようにしてくれるだけで良かったのに――何ですかあれは、爆弾? いや特殊音響旋光弾か。あんなものを持ち込んで信者たちを気絶させるなど――」ボスの鶴爆音の爆音はしっかり外まで聞こえ、駆けつけていたマスコミを騒がせたらしい。
「そりゃぁとんだ勘違いだぜ。俺たちはただのカタギだ。爆弾なんか何処に売ってるかも知らねえよ。
 俺たちに気づいた、幹部共が、焦ってどっかから手に入れたあの、音だけの爆弾を爆発させて勝手に気絶したんだろ」俺は口から出まかせを言う。
 どうせ本当の事を言った所で、この男は信じやしねえだろう。
「俺たちは巻き込まれた側。むしろ被害者だぜ」
 柳田は俺を憎々し気に睨みつけてきたが、ふっと諦めたように肩を落とし、
「……まぁいいです。料金は後日口座に振り込みますので、本日はこれでお引き取りください」と言った。
「そうかい。それじゃぁどうも、お疲れさんでした」
 後ろで柳田にガンを飛ばすセイに肘うちをくれてやって、俺たちはこれから一時間以上かかる駅に向かって歩き出した。

「なぁ兄貴」タダでさえ猫背な背中をさらに丸めながら、セイが口を開く。
「なんだ」
「あいつ、放っておいて良かったのかい?」
「あいつって柳田か?」
「そう、アイツの後ろに憑いてたろ?かなりヤバいのが大量に」
「柳田本人が言ってたろ。余計な事はすんなとよ」
「でもよ」
「いいんだよ」と、俺はセイの言葉を遮る。
「あいつには全く視えてねぇし信じてもいねえんだから。祓ってやると言ったところでどうせ断るだろう。それに、アイツについてたアレは全部、アイツが出世のために踏みつけにしてきた奴らの怨念、いわば生霊だ。俺たちの専門外だ」
 まぁ、本当にヤバイ状況になったら、ボスの恩人とやらが何とかするだろう。
「触らぬ神に祟りなしってやつだ」
「兄貴、それあんま上手くないぜ」と笑うセイのケツに、俺は蹴りを入れた。

epilogue

 後日、ボスの事務所に所要でやってきた俺は、あの日からずっと気になっていた事を聞いてみた。
「なぁ、あん時の鶴ってもしかして――」
「対生霊専門の呪符だ」
「あぁ、やっぱり」
「なんだ、気づいてたのか」
 俺は「まぁな」と答える。
「確かに雑虗に近い気配だったが、いくら気配を探っても本体の居場所が分からねぇ。最初はあの雑虗が本体かと思ったが、柳田の後ろに憑いてる生霊を見て、もしやと思ったのさ」
 ボスは「そうか」と答える。
「っていうか、あんな爆音がすんなら最初から教えとけよ」俺の苦情にもボスは涼しい顔で
「あの柳田って小僧、マスコミ対応で随分慌てたらしいな」       
いい気味だと言ってニヤリと笑った。生霊に、雑虗の群れ。あの建物の中で起こっている、すべての状況を見越したうえで俺たちに鶴を持たせ、ついでに気に入らないクライアントに意趣返しってわけか。このタヌキジジイめ。
「それともう一つ」俺はずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。
「例のあんたの恩人って、いったい何者だよ」政府官僚の柳田が逆らえない相手なのだ。かなりの大物なのだろう。
 俺の質問にボスは、不意に俺の顔をじっと見ると、
「おめぇは一生絡まなくていい相手よ」と言って、普段見せねぇような優しい顔でふっと笑いながら、節くれだった手で俺の頭を掴んでゴリゴリと撫でた。
「おい、何しやがる!」
 俺が手を払いのける俺にボスは、
「いつの間にか立派になりやがって」と言ったすぐあと、
「まぁ、俺に比べりゃまだまだだがな」と笑った。

おわり


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?