ショートショート

僕の小さな冒険譚

 ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。

 視界一面を覆うのは蒼みかかった「白」。
 雪国では、山も森も、道も田んぼも、川原も家も、色も、音すらも全てが、雪に吸い込まれてしまう。

 だから、脳内フォルダーから引っ張り出した夏の記憶を目の前の風景に重ね、恐らく歩道であろう場所にアタリをつけて歩く僕に聞こえるのは、自分が踏んでいる雪たちのくぐもった悲鳴だけだった。

 無機質なほど澄んだ空気を吸い込むと、あまりの冷たさに咳き込みそうになり、視界を覆う「白」に遠近感が狂って、上下左右遠近の境目が分からなくなる。

 きっと後1時間もすれば、雪山のような家から這い出した人々が敷地に積もった雪を掻き、除雪車や乗用車たちによって作られた獣道ならぬ車道が顕(あらわ)になって、この、真っ白なキャンパスに『一日』が描かれていくだろう。

 けれど、今はまだ、蒼白い静寂に包み込まれた「無の世界」だ。
 僕はそんな音ひとつない「無の世界」を歩くのが好きだ。
 自分の歩く音だけを頼りに、上下左右・遠近の曖昧な世界を一人歩いていると、人類が滅亡した世界で自分だけが生き残ってしまったような気分になる。

 確かそんな映画があったっけ。
 あの映画では自分以外全員ゾンビになっちゃったんだっけ?

 真っ白な世界で大量のゾンビに追われる男になった妄想をしながら歩くうち、古ぼけた階段に行き着く。

 両側を鬱蒼とした林に挟まれた階段は、雪が積もって洞窟のようになっている。
 一瞬、このまま家に引き返そうかと逡巡したけれど、せっかく早く目が覚めてここまで来たのだからと、覚悟を決めて足を踏み出す。
 自分の脳内フォルダーから、夏の階段の記憶を引っ張り出して、目の前の風景に重ね、一歩一歩注意しながら決して踏み外さないように。

 ぎゅ、ぎゅ、ぎゅ。

 シンと静まり返った木々の間から、息を殺して僕を見張る『何か』の気配を感じる。

 もちろん僕の妄想だけど。

 階段を登りきると、目の前がぱっと開ける。
 長い年月にくすんだ、朱色の鳥居を潜ると、一層澄んだ冷たい空気に体が洗われたような、神聖な気持ちになる。

 雪を踏みしめながら廃墟のように古ぼけた本殿の前まで行くと、僕は手袋を脱いでポケットから用意していた小銭を取り出して賽銭箱に放り込む。
 45円。「始終ご縁があります様に」という験担ぎだ。
 特別信心深いわけではないけれど、小さい頃に今は亡きおばあちゃんとお参りに来たとき教えられて以来、ずっとお賽銭は45円を守り続けている。

 目に前に垂れ下がる「鈴緒」を握り締めて振るとガランガランと、驚くほど大きな音が周囲に響き渡る。
 まぁ、この神社に常駐する神主さんはなく、村の有志が持ち回りで管理している小さな神社だから、誰に迷惑がかかるわけでもないだろう。

 二礼二拍手一礼。

 何か祈ろうかとも思ったけれど、特に願い事もなかったので、いつもありがとうございますと心の中でお礼だけ言って、本殿横の小さな道を登ること1分、僕は目的地に到着する。

 山というには低く、丘というには高いその場所は、この小さな村で一番高くて見晴らしのいい場所だ。
 十数年ぶりに、子供の頃お気に入りだったこの場所から村を一望する。

 雪から突き出した煙突から何本も煙が上がり生活の始まりを告げている。
 遠くに除雪車のディーゼルエンジンが唸りをあげる音が小さく聞こえる。
乗用車の行き交う音も。
 真っ白なキャンパスに『一日』が描き込まれていく。

 澄み切った冷たい空気に鼻を真っ赤にしながら見上げると、向こうの山の間から太陽が登るのが見えた。
 もう、僕を追いかけるゾンビも、木々の間から僕を見張る『何か』もいない。

「さて、帰って雪かきでもするか」
 わざと声に出して、僕は小さな冒険の終わりを告げた。

おわり

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海見みみみさん主催の【第1回noteショートショートフェスティバル】用に書いた作品です。(*´∀`*)

文字数に制限のある状態で文章を書いたのは初めてですが、中々難しいなーと実感しましたw
これといった筋がある訳でもなく、ただ主人公が散歩するだけの物語ですが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

【第1回noteショートショートフェスティバル】https://note.mu/umimimimimi/n/ne74c7b92cbd4?magazine_key=m0115fd3eb9f8

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