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バイト歴16年の妖怪フリーター

うちの店舗の特徴は中年フリーターの多いことだった。歴7,8年は短い方で、他に12年や16年がいた。彼らのそこに至った経緯はわからないが、とにかく変化や工夫や挑戦を好まない人たちだった。隣町の店舗ですら働いたことがなく、自分なら半年でおかしくなりそうな場所に何年もいることで、珍獣や妖怪と化していた。

そして取り上げるのは大ボス、歴16年の先輩について。

41歳。大学を出て、スーパーのカップ麺売り場で1,2年働いて、そこから某ビデオ屋××店で16年。同じ店で、同じ仕事を、朝から日が暮れるまで毎日、毎週、毎月、毎年くり返していた。16年も働いているので店は彼の体そのもの、起こり得る全ての事態を熟知しミリの変化も見逃さない。誰よりも意識高く働き、毎日残業し、休みの日すら脳内で店舗の状況をシミュレーションしていた。

ただ残念ながら、うちの仕事内容とは本部からの指示とAIの組んだ時間割にしたがって一日中動くだけであって、そこに創造的な余地は何一つなかった。当時入って4ヶ月の自分でも一通りを理解した。そして4ヶ月少々でやたら頭が悪くなっている実感があり(石川県を金沢県と口走った)、自分の中にあった創造性、個性、特長みたいなものが物凄いスピードで収縮している感覚があった。

それが16年続くと想像する(小学生が大人になり結婚する年月)。人間は変わり果ててしまうだろう。彼にはもう××店が無くなると何も残らない。××店の中でしか彼は彼を保てない。今でさえ一歩外に出れば無能で社会性もなく誰にも気に留められない中年なのに、いま環境を変えたらこの16年間を否定することになる。だから今の生活をやめるにやめられない。

そしてお金もない。時給は1000円と少しだから。大学の授業でやったワープアとはこのことかと得心した。彼は休憩時間に毎日同じ120円のカップ麺を食いつづけていた。焼そばの格下の油そばとかいうやつで、いつもゴミ箱を油臭くしていた。

面白いのでついでに書くが、先にも少し述べたように、彼は所詮バイトながら奇妙な責任感のある人物だった。災害クラスの台風の夜には翌朝に問題なく店を開けるため(災害だろうと強行営業させる本社指示もおかしい、コンビニすら店を閉めてたのに)店舗の駐車場に寝泊まりしていた。彼はとうぜん車などもっていないので、雨風吹きすさぶなか路面に横になっていたらしい。

また自分がポケモンカードの新作発売日に出勤すると、なぜかその日非番の彼がいた。なんでも店の様子が心配だからと、朝一からチャリで30分かかる距離を汗びっちょり飛ばしてきたらしい。そしてボランティア出勤(無給)で1,2時間店舗を徘徊すると家に帰った…かのように見えたが、自分が2時間後に休憩で外に出ると、彼は駐輪場の縁石にこしかけ、スマホを凝視し、アプリで漫画を読んでいた。

彼は自分からすれば本当に意味のわからない人間だった。自分はたまに彼に、なぜ社員にならないのか、なぜ毎日往復1時間も自転車を漕いで通うのか、原付で来ないのか、近くに引っ越さないのかなどと尋ねた。答えは毎回「う~ん そういう選択肢はなかったなあ」などと的を射なかった。だが彼はちょくちょく、意外にも海外への憧れを口にする。そして自分が「じゃあ行ったらいいじゃないですか」「パスポート作って航空券買うだけですよ」とか言うと「いやそうじゃないんだよなあ」とか言って結局なにも行動せず終わった。

ようするに彼の頭の「新しいことを考えたり取り組んだりする機能」はおそらく大昔に死んでしまっていた。彼にとって、人生で新しいことに挑戦するというハードルはブルジュハリファより高くなってしまった。

ちなみに当時店舗には、新卒3年目で前店での店長経験があり、結婚もして自分の車で通勤している24歳の社員がいた。バイト歴16年で40歳にして童貞チャリ通勤の彼とは、哀しいかなあまりにも対照的だった。

けっきょく自分は一度たりとも、彼について理解や共感をすることはなかった。今でもそう。十何年も同じ場所で同じことをしてるのって花や草と同じじゃねえかと思う。

自分には「人間として生きるということは、何処かから何処かへと移動し続けること」という信条がある。彼は自分にとって、ああならないようにしよう、ああなってはいけない、と教えてくれる反面教師であって、興味深い珍獣で、哀しきモンスターだった。

ちなみに『ケープ・フィアー』という映画は長期収監から解放されたデニーロが狂って人を殺しだす映画だが、収監期間は14年でした。

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