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やりたいことだけで生きる3ヶ月目報告
やりたいことだけで生きると決め、NOTEに投稿を始めたのが、2024年2月16日、本日2024年5月16日。
3ヶ月の歩みをお伝えします。
一言で言うと。
在り方、生き方がこれまでと180度変わっている。
★★★★★
ありえないほどに、変わりました。
これは、大げさでは無く実質的に現実が変わっています。
2月
やりたいことに向かってひたすらアウトプット(この時点では、アウトプットすることで、同じような想いをもつ方々からお声を掛けていただき、対話の中で自分を振り返る作業を行っている段階)
3月
実際にやりたいことで、モニターさんを集めると、次つぎ集まってくださいました。そして、その方の変化も素晴らしく、改めて自分のこれまでの経験、知識、技術は間違っていなかったこと。
そこにさらに、新しい知識を紐付けることで、アップグレードしていっていることに気づきました。また、内省、内観、自分の人生、生き方を振り返る時間を多くとりました。
具体的には、5歳から今までの人生、過去の思考と行動、経験などを1歳ごとに書き出すことを始めました。
そしてふと、そうだ、そういえば私、5歳の頃の覚えている範囲だけでも不思議な体験をたくさんしてきているなぁと思い出し始めたのです。
その中の1つが、人の周りに色が見えていることです。
5歳の頃、人の周りに色が見えるので色の仕事をしていた父親にそれとなく聞いてみました。
「なんで、色に触れないの?」
すると父親がこう答えました。
「千恵は人のオーラが見えているんだろうな。パパは見えないけど」
と。
そこで、見える人見えない人がいることを初めて知りました。
「あまり人には言わないほうがいい」
とも。
その頃からあまりこの話しを人にすることはなかったのですが、人と接する時に、色が大きくなったり濁ったり変化することに気づき、その色の変化に合わせて人と話しをするようになりました。
濁っている黒っぽい色をした大人の人には近づかない。
そんな感じです。
14歳の時に、お店に来ていた方が亡くなりました。
亡くなる直前、その人に会った時に、色がとてもあまり良くない色でした。
とても怖くなり、大好きだったその人の色が変わるようにたくさん色々話しかけました。
けれど全く色が変わることはなく、数日後に亡くなりました。
この体験を母親に話しをしたところ、「早く言って欲しかった」と言われました。
この経験をきっかけに、自分を責めるようになりました。
何もできなかった自分を責めてしまったのです。
そこからは、色を見ても自分の中でとどめていました。
相談援助の仕事にも色を活かしていました。
SOSの色というのがあります。
そのときには、何がなんでも引き留めました。
また、クライエントさんのもとに飛んでいきました。
そのおかげで、覚えているだけでも5件くらいは引き留めることができました。
ただ、色が見えていることは自分でも気にならないくらいになっていて、色が見えていること自体をすっかり忘れていました。
なんなら、表情や雰囲気や声質、身のこなし、動作などでも分かることはたくさんあるので、そこから理解するようにしているのかもしれないと、色とそれらを組み合わせて判断するようになっていました。
人の色が見えることを思い出すと、また次々と不思議な体験を思い出しました。
(長くなるのでまた機会があれば書きます)
そして、このことを思い出した私は、思い切って夫に話しをしてみました。
すると、好印象な返答。
「あー!千恵は見える人なんだ!俺はみえへんけど絶対あるよな!」と。
ここから全てが始まりました。
夫がおもしろがって、「俺は何色?ワンコの色は?あの人は?この人は?」
私が1人1人の色を伝えると、どういう意味があるのかなーと調べ始めました。
私は色が見えるけれど、意味を調べたことはありませんでした。
確かに、色彩心理などは花屋の頃に勉強していて興味もあったし、色が大好きでアルコールインクアートにもはまっていたので、色の世界はずっとずっと離れたことはありませんでした。
ただ、人に見える色に意味はあるのか?
夫が調べ始めると、私には人のオーラの色が見えているのではないかということでした。
そこで思い切ってSNSで、オーラの色が見えているということをつぶやいてみました。
すると、興味を持ってくれた方々から「見て欲しい!」とお声がけいただきました。
それだけでも、
なんて世界は優しいんだ!
と涙が出ました。
夫の行動はさらに私を嬉しくしてくれました。
私が、たまたまクラフトショップを通りがかった際に、天然石コーナーがありました。そういえば、夫の色やワンコの色は、石の色に似ているなぁと、似た色のものを購入し、夫に見せていました。
夫が自分の色の石を持った瞬間、パァァと夫の色が明かりを帯びました。
なんだこれ。
なんなんだこれ。
意味を知りたくなり、「あなたのオーラは何色?」という書籍を古本で購入し、めくってみました。
すると、夫しかりワンコの性格や人生までピッタリ当てはまりすぎている。
他の書籍もみたけれど、この書籍はあまりにも当てはまりすぎて、怖くなり、夫に震えながら本を読んでほしいと渡したほどでした。
夫も読んで、驚愕。
驚愕というか、怖くなっていました。
めっちゃ分かる。
いや、色が本当に見えていることにも怖くなったけれど、この作者さん何者なのでしょうか。
読んでいただけると分かるのですが、人生のどのタイミングでこんなことが起きてなども書いてあるんですが、夫が私の言った自分の色で全く同じことが同じタイミングで起こっていました。
この変えようのない過去の事実と本の記載に怖くなり、本を放り投げてしまったくらいです(本、作者さんすみません)
そこから、夫の人生も変わり出しました。
(この行動が私をとんでもなく嬉しくされてくれています)
(また詳しくお伝えします)
4月
家族が変わり始めた起点。
3月終わりころ、姉弟よりLINEが届きました。
母親に多額の借金が見つかったのです。
さらに、一時期流行った陰謀論にどはまりしていて、何の話しをしても「ワクチン打つな」や関連の動画が送られてくるので、家族はどんどん離れていた状態でした。
4月に入り、私は現状を変えるために動き始めました。
その中で、偶然すぎるほど偶然に良縁に恵まれました。
具体的に話しをすると、もともと私たち夫婦はサーフィンを20年ほどしているので、サーフィンを始めたころから定年退職したら海の近くに住みたいね。いつか移住したいね。という話しはしていました。
現実は、お金のことや将来のことなどもろもろ考えると、現実的では無いなと想いを放り投げていました。
本当にたまたま、母親のことを考えた時に、今買える金額として300万くらいなら出せそうなので、300万くらいの家が買えないかなと、ふとネット検索した時です。
もともと母親は農園を借りたいなぁとよく昔に話しをしていたし、湧き水を汲みに1時間くらいかけて母親と通っていた時期もあるし、産地直送のお野菜を買いに毎週1時間くらいかけて出かけていたこともありました。
母親は、私が14歳のころ働いていたお店をずっと続けていましたが、そこで使う野菜などもやはり良いものを食べてほしいという想いがありました。
なので、ふと、古民家などなら畑つきで買えないかな?しばらくは、夫の仕事の都合もあるから、私たちは別荘みたいな使い方をして、移住までの間母親に暮らしてもらうのはどうかなぁと。
母親にもうのんびり自分のしたいことだけして生きて欲しいなぁという想いでした。
また、私自身もどこでも働ける仕事を作るということを第一目的においていたので、どこにいってもできる仕事という意味で、古民家でも問題ないと考えていました。
なんなら、なきゃ作ればいいやん、くらいの感じです。
思い立って検索をかけてみると、数件良いものが出てきました。
思い切って夫に伝えてみると、「そこ、いつも行っているサーフポイントの近くやん!その不動産のホームページみたことあるねん!サーフィン仲間と道すがら空き物件見て、ここみんなで買って別荘にしたいなゆうててん!!」
と。
そうなると、話しが早いなと。
すぐに不動産屋に連絡をいれて、次の日に物件案内をしていただくことになりました。
そこで、夫が一件、寝る前に気になる物件があったということで、当日に追加で内覧できるならさせていただこうということになったのです。
ここまでが、4月6日の出来事です。
また、明日以降に書き出します。
ワクワクが止まらない人生になってきています!
あとがき的感想
人生がこんなに短期間で変化するのは、10代に思い切って家出して以来です。
その頃より、ものすごくポジティブにとても良い方向に変化しています。
自分の思考と行動が変われば、こんなに周囲を巻き込んで良い方向に人生
を進めることができるのかと、驚きの連続です。
必ずあなたもできるように私がなります。
待っていてください。
「笑顔は世界を救う」
必ず必ず笑顔で光りが放たれる世界をつくります。
あきらめないで待っていてください。
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