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女1人北インドの記録 ③デリーのサチ君

デリーで出会った青年の話

リキシャドライバー サチ君

デリーに着いて2日目の朝、ホテルを出て通りをぶらぶら歩いていた。
昨日Booking.comで適当に予約したホテルは思いっきり住宅街の中にあった。道は狭く朝なのに暗くて、ガリガリに痩せた野良犬が何匹もそこらへんに転がっている。観光客らしい人は1人もいない。

朝ごはんが食べられるような店も見当たらず、お腹がすいたなと彷徨っていると、後ろから若い男性が話しかけてきた。

インド訛りの強い英語でよく聞き取れないが「君に出会えてハッピー」とか「マイサンシャイン」とか言っている。

「チャイとか飲めるお店知ってる?」と聞くと、ガレージの隅っこでおじさんがミルクを温めている小さなチャイスタンドまで連れて行ってくれて、一杯奢ってくれた。

彼はサチ君といって仕事はリキシャのドライバー。私が今日何も予定ないんだよねと言うと、「それなら1日ツアーをしてあげるよ!」とチャイを飲み干し立ち上がった。

そういえば前の日の晩に別のドライバーからも同じことを言われて、待ち合わせの約束までした事を思い出した。だが奢ってもらったチャイは美味しかったし、この場で断るのも何となく面倒だし、サチ君に着いて行くことにした。
ごめん昨日のドライバーのおっちゃん。

サチ君のリキシャはチャイ屋のすぐ近くに停めてあった。昨晩私が輸送された詐欺リキシャの車両はみんなボロボロだったが、彼のリキシャは綺麗に手入れされていた。座席はクッション付きで、車体はインドの神様のシールやヒンドゥー語のステッカーで可愛らしくデコられている。
この人、きっと良いリキシャドライバーやん。ちょっとそう思った。

運転席でサチ君は「僕は政府に認められたリキシャドライバーなんだ。リキシャドライバーのライセンスがあるのを知ってるか?見せてあげるよ。これを持ってる人は少ないんだぜ。」と、こんなものを見せてくれた。

嘘 を つ く な

どう見ても INCOME TAX DEPARTMENT   と書いてある。
所得税省?日本にはないカードだからよく分からないけれど、少なくともリキシャドライバーのライセンスじゃあないぜどう見ても。

どうしてこうインド人はいけしゃあしゃあと嘘をつくのか。カルチャーショックを受けた。
この時点で私はインドに来てから約13時間、嘘つきにしか会っていない。
(その後2週間、日本に帰るまで正直者には2人くらいしか会わなかった)

「きっと良いドライバーだ」と一瞬思ったのにコレなので、ムカついて、リキシャに乗っている間こっそりスニーカーのソールに付いた泥(少しだけ野良牛のウン○も付いていた)を足元になすりつけていた。

↑野良牛とサチ君のリキシャ

デリーを廻る

サチ君のツアーは中々良かった。
シク教の寺院では信者の方と一緒に豆のタリーをご馳走になり、外にあるキッチンにお邪魔して全自動チャパティマシンや巨大な釜を見せてもらった。
他にも様々な寺院に行き、彼は行く先々でそれぞれの宗教の祈りの作法や神について教えてくれた。

たくさんの異なる宗教の寺院を一緒に巡ったけれど、サチ君はなぜかラクシュミーナーラーヤン寺院だけは「ウチ宗教違うから」と言って入ろうとしなかった。

なんで?

ジャストチリン

昼過ぎになるとサチ君はランチに連れて行ってくれた。
オールドデリーにある小さな建物の3階のカフェからは、道行く人間とリキシャと牛がよく見える。

チャパティに野菜をのせたものをつまみながらインドのビール、キングフィッシャーのロング缶を飲む。
きっとサチ君が奢ってくれるんだろな〜と思って、遠慮なくグビグビ3本飲んだ。

食後は同じビルのルーフトップに上がった。
サチ君は煙草を吸っている。私は普段は煙草は吸わないし苦手だけど、金地に赤い字の見慣れない異国のパッケージは珍しくてどんな味か気になった。試しに1本貰う。

「煙草好き?」
「うん(嘘)」
「もっと効くやつは?」
「(あ〜)うん」

サチ君がカフェの店員を呼んで何か囁くと、店員は用心深そうに店の外を見渡してから、レジ奥から小さいビニール袋を取り出して私達のテーブルに置いた。

「これはマンゴーウィードだよ」

確かに香りを嗅がせてもらうと青臭い匂いに混じってマンゴーのような甘い香りがする。
なるほど、これはマンゴーの葉っぱを丸ごと乾燥させたものなのだ。

さて、サチ君はマンゴーの葉っぱを袋から適量つまみ取り、手のひらの上でほぐしてかき混ぜる。種や茎などの不純物を丁寧に除いて、葉っぱの大きさが均等に細かくなったら、円錐状にした専用の紙に器用に入れ火を着けてくれた。

「Just chillin」

ジャストチリンだって。ウケる。と思いながらマンゴーの香りの煙を深く吸った。

良い気分で眼下の街並みを眺めていると、サチ君が「ほないこか」みたいな感じで立ち上がった。
「午後はニューデリーの方に観光に行こう。ここは払っといて〜。」

はあ?

…結局ランチ代もマンゴー葉代も全部払わされた。
そうと分かっていたらあんなにたくさんビールを飲んだりしなかったのに。
マンゴーの葉っぱは5gほどの量で約7000円と、首都デリーとはいえ流石にボッタクリだ。

いやアンタもちょっとくらい出せよ、と言ってもサチはニヤニヤするだけだった(もう君付けしてやらない)。

怒ったぞ。

建物の外に出て、リキシャに向かうサチが私から目を離した瞬間に路地裏に滑り込んだ。
今思うと少し酔っていたのかもしれない。サチが私の名前を呼ぶ声が聞こえたが振り返らずに走った。

彼は結構良いツアーをしてくれたのに、ツアー代を一銭も払わずスタコラサッサと逃げるのはちょっと申し訳ない気もしたが、今更戻る訳にもいかない。

カフェの店員とサチはやたら親しそうだったから、きっと彼らは手を組んでいるのだろう。私が払った食事代から彼もいくらかマージンを貰うはずだ。

しばらく経ってここまでくれば大丈夫かなというところまで出てきた。
どこに行くとも知れず適当に歩きながらチャイを飲んだり腕にメヘンディをして貰ったり、おじさん達と一緒に焚き火で暖まったりした。が、いまいち気分は上がらない。
デリーに来て24時間も経っていなかったが、もう次の街に行きたくなってしまったのだった。
私は鉄道の駅に向かって歩き出した。

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