失踪したことがある⑲

3月。瀬戸内海の釣り師にとっては特別な月だ。何故か。春告げ魚の異名を取るメバルとの出会いの季節だからだ。土曜日、ここ数日晴れ続きなのにピンポイントの雨の予報の中、僕たち甲奴町内の釣りバカ3人は瀬戸内のH島へと降り立った。

予報どおり雨は止まない。ひさびさに嫁さんからの発進許可を得て期待に胸を膨らませて釣り場に向かえば、降りしきる雨が僕たちを待っていた。昨年から続いている晴れを願えば天候が荒れる、僕の逆天気の子属性はここでも発動してしまった。

雨の中辛抱する事小一時間、今季初のメバルと対面することが出来た。小さな体で力いっぱい手元に伝わってくる彼らの手応えはたまらない。命のやり取りをしていることを実感させてくれる偉いやつらだ。小骨は多いが味はいい。

合間に上がってくるフグ田くん。ドラマとかだったら会議中に突然現れて、「なんだ君は!場違いだから帰りたまえ!」と、一喝されて退場する役割の子である。メバル釣りの最中にいいガッカリのアクセントを与えてくれる。調理は僕たち素人の手には負えない猛毒持ちのため、もちろん即リリースだ。海へお帰り。

釣りの楽しいところは想像力が試されるところだ。今の潮の流れはどうか、狙う魚は今何を食べているのか、水深はどのくらいにいるのか、誘い方は合っているのか、そんなこんなであれこれ試してみたが、最終的に3人でメバル6匹という釣果であった。またリベンジに行くことにしよう。

そして日曜日、先週の同級生の集まりの際にも祝ったが、僕の嫁さんと同級生の嫁さん、更に嫁さんと僕の共通の友だちの合同お誕生日祝いをした。

昨年から誕生日が近いこの3人のお祝いを合同で執り行っている。祝いごとなんだから、先週やって、今週やってもいいじゃないか。めでたいことは何度でも楽しめばいい。僕はそう思う。サンマルクさんのケーキは美味しい。皆さん、S町にお越しの際にはお店を覗いてみてください。

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帰ってからの宴の件を両親に伝える。僕のスマホは電源を入れる勇気がないから嫁さんからかけてもらった。親からの答えは「え!何言ってんの?」であった。僕が親でもそう言っただろう。特殊な交渉術を駆使してなんとか宴に参加することの許諾を取った。

帰路についてからも僕たちの車は真っ直ぐには帰らない。途中でOさんの知り合いのところに寄って、名産品の巨大シジミを仕入れたり、料理屋さんに寄ってご飯を食べたりした。

出発当初は言葉少なな僕だったけど、よく見知った人たちが周りにいることでずいぶん救われた。軽口も少しずつ出てきた。Oさんが迎えに選んでくれたメンバーはみんながみんな、僕が気を使わないで済む心配りが出来る人たちだったからだ。

途中の寄り道があったりで、甲奴町まで帰って来たのは夕方であった。一旦家に帰ってから、今夜の宴の場であるPさん(うちから徒歩二分の飲食店)に向かう。

店の中からは既に宴の雰囲気が伝わってくる。早めに集まってくれた皆さんが既に飲んでいるようだ。さんざん迷惑をかけてしまったみんなの前に、どうやって出たらいいものか。迷いながらドアを開けた。

「おお~!お帰り!」

僕に気づいたみんなが地鳴りのするような大きな声で出迎えてくれた。

「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした!」

そう言いながら、僕は嫁さんと子どもを連れて店の中に入っていった。

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