失踪したことがある⑯

例えば朝起きて、「今日は死にたいな」とか、歯磨きしながら、「どうやって死のう」とか、仕事着に着替えながら、「どこで死のう」とか、考えてしまう日がある。鬱の時だ。

躁の時は調子が良すぎて、何でも出来そうな気がして朝からあれこれ予定を立ててジタバタ足掻く。そして夕方洗濯物を畳みながら、「ああ、今が首をくくるには良いときだ」等とふと思う。

躁鬱の波はいつも突然やってくる。精神科にかかって二年ぐらいが経つが、最近ようやくこの不安定な波の予兆が分かってきた気がする。鬱の時には家族も含めて誰にも伝えない。分かってもらうことは不可能だからだ。自分が今抱えている仕事、役割、家族なんてどうでも良くなる。ただ楽になりたい。

「消えてしまえば楽になるよ?」

この誘惑に何度負けそうになってきたか、月に何度も誘ってくる甘く暗い心の声は魅力的にこの身に響く。

そんな鬱の状態でも予定は次々にやってくる。昨日は某青年部の研修会で、海沿いのホテルに1日缶詰めで勉強してきた。講師の先生の話のスケールがデカすぎて、現在の僕の頭の小さな物差しはパンクしそうだった。

「ああ、そういう生き方もあるのか。二十年前に聴きたかったな。」そんな感想しか持てない自分が鬱期に入っていることを教えてくれる。

二次会がなかったおかげで早めに帰れたが、仕事が押しているため、今朝も測量に行ってきた。土日に働いている人たちなんていくらでもいるが、鬱期の僕が現場に出るまではものすごいエネルギーが必要だ。仕事の際にはいつも起動しているポケモンGOが心の救いだ。歩く手間が多い現場ほど得る物は大きい。小さなスマホの位置情報ゲームが、太い体のか細い僕の命を繋いでいる。

さて、なんでこんな後ろ向きなことばかり言ってしまったのか。今日は二週続けての牡蠣パーティーだった。

そこで同席した先輩のYちゃんにあれこれ聞かれたからだ。

曰わく、「何でそんな投稿をしよるんや?元気出せや!地元の人からの期待や、家族やら抱えんといかんものがたくさんあるじゃろが!」という旨だった。

精神科に通った経験がある人なら分かると思うが、これらは全て鬱の人には言ってはいけないことばかりだ。

自分の状態が普通じゃないことなんて、誰に言われなくても充分分かっている。あなた達が何気ない言葉で「頑張れ」だの「元気出せ」だの言ってくる度に、僕らの心がどれだけすり減るか体験させてやりたい。

あなた達が言う言葉は正しい。何一つ間違っていない。しかし、正しい事とそれが相手のためになる事は違う。違うんだ。僕たちは誰よりも生きようとしている。毎晩大量の薬を飲みながらのたうち回ってもがいているんだ。正しい言葉が僕たちに与える傷は、丸いだけに余計に痛い。これだけは知っていて欲しい。

誰よりも元の状態に戻りたいのは僕たちだ。毎晩大量の精神安定剤や睡眠導入剤を飲まないと翌日の仕事もままならない中、ふと気を抜くと自殺願望が湧いてくるような生活をしたことがあるのだろうか。

興味がある人は家に遊びに来るといい。試しに僕が飲んでいる薬を一日分飲ませてあげよう。どれだけあらゆる感情がぼやけた状態になるか試せばいい。それでも死にたい気持ちはやってくる。誰にも文句は言わせない。僕が死にたくなるというのは、僕の持つ自由意志だ。思っているだけなら憲法で保証されている日本人の権利だ。

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迎えのOさん達から僕の失踪後のあらましを聞いたあと、こう問われた。

「せっかくここまで来たんじゃから、どこか寄りたいところはないんか?」

少し考えて答える。そうだ。これが当初の目的だった。

「砂丘が見たいです。そこが目的地でした。」

みんな即決で砂丘行きが決まった。みんなの優しさが身にしみる。嫁さんが言う。

「砂丘で一発殴らせてね?」

ええ…!?仕方ないね…。僕たちの乗った車は帰り道をUターンして、急遽砂丘に向かうことになった。

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