失踪したことがある⑤

大型連休も最終日だ。酒を愛し、酒に愛されているのでほぼ飲みっぱなしの十日間だった。

そんな毎日のツケが回ってきたらしい。昨日は久しぶりに通風っぽい足の痛みが出て、胃腸の調子も良くなかったが、それらの症状を薬でだましだまし、また飲みに行った。薬の力はすごい。痛み止めを飲めば痛みが消え、胃腸薬を飲めば腹は整い、精神科の薬を飲めば不安が消える。現代医学に感謝だ。

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失踪当日に試したことがある。自殺だ。失踪前の半年程はほぼ毎日死ぬことばかり考えていた。

仕事のことで思い悩み、車には常にロープを一本積んでいた。どこへ行くにも死ぬ場所を探し、眠れぬ夜は自殺サイトで情報収集だ。昔から死には興味があった。焼死や飛び降りも考えたが、綺麗な死に方じゃないと思って除外した。

あまりにもポピュラーなやり方だが、色々調べてみると首吊りの優秀さが良く分かる。準備が簡単かつ効果は確実だ。だからいい場所を探しては下見を繰り返した。

実行日の計画を立てていたわけではない。当日は仕事の打ち合わせに行かなければならなかったが、どうしてもそこに向かうことが出来そうになかった。

ああ、もう限界だ。僕は今日死ぬ。

年明けぐらいからいつ限界がくるか分からない状態だった。毎日まだ1歳になるかならないかの息子を抱っこしては、これが最後かもしれない。この重さは最後まで忘れたくないと思っていた。

ついにその日が来た。死ぬほど思い詰めたから死ぬ。シンプルだ。この決意のようなものが消えない内に実行しなければいけない。

仕事に出る体でうちの畑に行った。畑はうちから少し離れていて、車で向かう。畑には農機具小屋がある。下見は無駄になるが慣れ親しんだここでいい。

ロープを取り出して、入り口の枠に結ぶ。遺書がないと家族が困るか。仕事用の手帳に短く書きなぐった。あとは勇気だけだ。

あまり高いところにロープを結べなかったので、ロープに首を通してから座り込むような形でトライする。調べたところによると首吊りには完全に宙吊りになるまでの力は必要ないらしい。

覚悟を決めて座り込む。ほんの数秒で指先の感覚がなくなりかける。目の前が、意識が暗くなる。…怖い!

落ちかけた体をバタバタさせて無理やり立ち上がる。あまりの恐怖に朝から何も食べてないのに吐いた。涙と鼻水もいくらでも出てくる。

失敗した。もう数秒我慢出来たら確実にいけた。どうしよう。

予想したよりも簡単に死ねることが体感出来てビビる。あんな簡単に死ぬの?マジで?

そのまま三回トライしたが、最初の一回があまりに鮮やかに決まりかけたせいでうまくいかない。どうしよう。どうしよう。

気がついたら車を走らせていた。どうしよう。どこにもいけない。

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