「DEVELOPER GENESIS-Osaka Midnight Label #2-」
前回までのあらすじ
走り屋のクロ(日産スカイラインGT-R R32。黒色のものが大好きで、服装も車の内装も真っ黒)とキョウ(日産スカイラインGT-R R33。お調子者でマイペース。その日暮らしの男)は、阪神高速道路を走行中、1968年式フォード・ムスタングの改造車に挑発された。一方、アメリカから来た男、トーマス・ウェルズは、惨殺されたジェームズ・バーキンについての情報を求めていた。
Yes,DEVELOPER.You must see……
ムスタングをR32とR33で挟みこんだ状態のまま、しばらく埒が明かない運転を続けていた。
「しゃあない…………助松で降りるで」
R32のウインカーを右側に点灯させ、助松出入口から高速を降り、一般道へと右折する。交通量が多く、なおかつ大型車が多いので、すり抜けて逃げるには危険すぎる。また、ストリートレーサーの多い湾岸高速の出口に続いているため、覆面パトカー、いわゆる「ネズミ捕り」も多い。走るには場所が悪すぎる。
「ここは丁重に、お引き取り願うで」
両方のウインカーを点滅させて、R32を路肩に停車させる。後続のムスタングはR32を追い越し、100mほど前方の路肩で停車した。
最後尾のR33は、R32の後ろにびったりと付けて停車した。
「ほな頼むわ。上手いこと、別んとこで走ってくれって言うたってくれ」
ハンズフリー通話で、クロがキョウに銘じる。
キョウはR33を降り、直前のR32を尻目に、つかつかとムスタングの運転席に歩み寄る。しかし、運転席の主を見た時、度肝を抜かれてしまった。
ボーイスカウトと同じ色合いの全身タイツを着込み、胸には「S」と書かれた謎のワッペン。顔はマスクで覆われており、口元にはイヤホンマイクを付けている。つい先ほどまで通話中だったのだろうか。面倒くさそうにレギュレーターハンドルに手をかけて、窓を開いて無言のままこちらを振り向いた。
「兄さん、そのムスタング、ええやん」
なるべく気丈な態度で、キョウは声をかけた。
「ウチら、アタック族やなくて、ただ単に環状グルグル流して楽しんどるだけの平和なチームやねん。煽られても基本、競わへんし。だから、見逃したってや。この通り。張り付いてくんのは堪忍してほしいんやわ。な、わかってくれたら、なんも文句あらへんねん」
男は意に介さないまま、唐突にキョウに問いかけた。
「『プロキシ』というチームを知っているか?」
「…………は?『プロキシ』?…………『プロキシ』ゆうたら、あの、悪名高いとこやんけ。噂でしか聞いたことないけど、ヤクもヤクザも関係しとるっちゅう…………関わりたないチームや…………」
不意の質問に戸惑いつつ、キョウは冷静に答える。
『プロキシ』は、過激派のチームだ。他チームとの抗争が絶えず、追突行為や殴り込み、チーム潰しも辞さない。ボスは暴力団の息子だという。
「『プロキシ』のメンバーに、ゾイドが紛れ込んでいるらしい。そのゾイドがジェームズ・バーキンの殺害事件に関与しているという。ハイウェイで飛ばしていた君たちはストリートレーサーだろう。だから、何か情報を掴めないかと思って呼び止めたようとしたのだが、ハイウェイなのでそう簡単に停車できないことに後から気づいたんだ」
「兄さん…………車は凄いけど、案外ドジっ子やな…………。ていうか、ゾイド?懐かしいなあ。子供の頃フィギュア持ってたで」
「フィギュア?なんの話だ?…………ゾイドとは特殊能力を悪用する者のことだ。君たちは『プロキシ』について、あるいはそのゾイドについて、何か情報を持っているか」
「いや、知らんがな。『プロキシ』って、ほとんどヤクザみたいな連中やし、ウチら平穏やから絡まへんし、絡みたないし…………」
その会話を遮るように、1台のスーパーカーの爆音が鳴り響いた。
「あれ、ミウラか…………。いや…………」
「イオタや…………。しかし、ようできたレプリカやな…………」
ランボルギーニ・イオタ。1969年に1台のみ製作されたが、テスト走行中の火災事故により廃車となってしまった、幻の名車だ。本物は現存しない。間違いなくレプリカだろう。
イオタは、最前列のムスタングの前でウインカーを左右に点滅させ、ムスタングの目の前を塞ぐように停車した。ドアから、褐色の肌で体格の良い眼鏡の男が降り、ムスタングへと歩み寄るなり、マスクの男に話しかけた。
”Is it true that you told me?”
どうやら、2人は知り合いらしい。マスクの男は冷静に答える。
「ああ、確かにジェームズは殺害されたが、蘇ったらしい」
「おい、いつまでやっとんねん」
とうとう痺れを切らしたクロがR32から降り、3人が話し込むムスタングの横へと入り込んだ。
「すまんすまん、なんやこの人、『プロキシ』に興味あるらしいねんけどな、あそこ厳ついし怪我したないやろ。やからヨソ当たってくれって言うててん。じゃ、兄さん、ごめんやで。そこの外人さん友達やろ?」
腕組みをして踵を鳴らし舌打ちをするクロに詫びながら、キョウはムスタングに背を向けようとしたが、マスクの男はそれを引き止めた。
「待ってくれ。そこの黒服の青年、君はボーダーだ」
「はあ?なんやねんボーダーて。俺のシャツは無地の黒やで、ボーダーちゃうで」
「そんなつまらないボケはいらない。ボーダーとは、特殊能力者だ。そこのアメリカ人と手を繋いでみたまえ」
「はあ?アメリカ人って、この眼鏡のおっさん?」
”You are Border. Skyper never tells a lie. But I don't never feel good,want you to hold my hand on a beautiful woman……….”
「何ゆうとんねん。俺、英語わからへん。まあええわ。おっさんと手え繋ぐんか、アホくさ」
不平を漏らしつつ、クロは眼鏡の男の手を握った。すると、それまで英語で話していた彼が、流暢な日本語を話し出した。
「野郎に手を握られるなんてキモいなあ。スカイパーの頼みじゃなかったら断ってるよ。どうせなら美女に手を引っ張られたいよ」
「なんやおっさん、日本語しゃべれんねやんけ。…………ん、もしかして、これが、おっさんの特殊能力なんか?」
マスクの男は、大きく頷いた。
「そうだ。君の能力は、言葉の通じない相手の手を握ると、お互いに通じる言語で会話ができるようになるというものだ。君の日本語はトーマスには英語に聞こえているから、お互いに理解できる。素晴らしいボーダーだな。いちいち翻訳ソフトに頼る必要が…………おっと、うっかりタブーに触れるところだった」
「ほんやくコンニャクみたいなもんなんやな。クロは、ドラえもんやったんや」
キョウが、クロをからかう。
「やかましいわボケ。…………で、マスクさん、『プロキシ』のことは、あんたらでやってくれや」
「いや、そうもいかない。なぜなら、私は、大阪府の地理が全くわからないのだ。勘で高速に上がってはみたものの、ここがどこだかもわからない。通天閣はまだか?」
「とっくに通り過ぎとるわボケ。おっさん、このマスクさん大丈夫なん?なんや頼りないな」
クロが眼鏡の男に話しかけると、彼は歩道の上で土下座をしていた。
「俺からも、頼む。蘇った親友と再会したいんだ。国外逃亡している『プロキシ』のゾイドの差し金で殺されたという話も聞いた。事実を知りたい。彼の遺体は日本に送られたというゴシップを聞いて、せめて別れを言いたいと、日本に来てしまった。もしかして生き延びて逃亡しているのかもしれないとわずかに期待したが、ニュースを改めて聞くと、やはりジェームズは…………と、ハンドルにうずくまって泣くしかなかった俺に来た、スカイパーからのコール。絶望の淵から救われた気持ちだった…………」
「よせよトーマス。このムスタングをプレゼントしてくれた恩は返さなければならない。それだけだ」
クロとキョウからすれば、話がほとんど見えてこない。呆気にとられていると、クロのポケットのスマートフォンが鳴った。
「あの人からの催促やな……」
もう、ずいぶんと待たせている。
「もしもし、すみません、遅れてしもうて…………キョウが寝坊しおって…………ちょっと変なおっさんらに足止め食ろて…………え?」
驚くクロに、キョウが問いかける。
「どうしたん?」
クロが、蒼ざめた顔で答えた。
「桜井さん、『プロキシ』の連中にボコられたらしい」
「ええ?」
顔を見合わせるクロとキョウに、マスクの男は力強く言った。
「スカイパーに任せたまえ。私はボーイスカウトとして長年活動している。怪我の処置はお手のものだ。しかし道がわからない」
「ああわかったわかった。誘導するから。頼むでほんま…………」
「俺はトーマス。俺も日本の交通は全くわからない。変わり果てた姿かもしれないが、ジェームズと再会したい。俺もついていく」
「ああもうめんどくさ、ええわい、勝手について来いや。ほな、とっとと行くと。ええかげん駐禁切られそうやしな」
ぶっきらぼうに言い放ち、クロはR32の運転席へと戻った。
To be continued……
Yes,DEVELOPER. You must see……
サウナはたのしい。