言葉は旅をする



本とは見知らぬ誰かが見知らぬ誰かに宛てた手紙のようなもの

それを作者とは縁もゆかりもないひとたちが読む

それでもどこかじぶんにあてはまることが書いてあったりすれば

それはまるでじぶんのために書かれたような気もしてくる

じぶんが思いもしなかった考えが書いてあることもある

今まで考えたこともなかったことなのに
それがすぐさまじぶんの考えであるかのように受け入れたくなってくることだってある

逆に一行ごとにかちんかちんと
腹立たしい本もある

いったい何様なのかと思うような本

でもそうした本にしたって
他の見知らぬ誰かにとっては
やっとの思いで出会えた
宝のような本なのかもしれない

小説でも詩集でもエッセイでも
本を読むときにたいていはひとり

作者にしてももちろんひとりで書いてるはずで

そこから聞こえてくる声に
じっと耳をかたむける

真夜中に外から聞こえてくる走る車の音や
虫の鳴き声を聞きながら

見知らぬ誰かの手紙を読み続ける


この手紙は旅を続け
人から人へ読み継がれていく

見知らぬ誰かが見知らぬ誰かに
宛てた手紙には
無数の返事が書かれ
そしてまた見知らぬ誰かへ
届けられる

ぼくたちはそうやって果てしない連鎖を
たどってきた言葉の流れの中にいる

そしていまぼくは
その返事を書いているところ


あらゆる本が
あらゆる言葉が
誰かへの手紙
誰かへの返事

いま書いたばかりで
まだ誰にも読まれていない手紙
まだ誰にも読まれていない返事


それがいまあなたのもとへ届けられた


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