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『没入体験』 人生の中間決算   START IT AGAIN 順二の場合

恵比寿の雑居ビルの地下の一室で、両手を後ろ手にされ、ガムテープでぐるぐる巻きにされた四浦順二は、半グレ風の若者達に取り囲まれている。

逗子で貸ビル業を営む裕福な家で育ち、コネを使って青学から大手損保会社に入り、これまでの人生、40代前半で毛根が全滅した以外は大きなトラブルに見舞われず、57歳まで順風満帆に生きてこられた。
順二はツキもあり、学生時代に授業をサボって学生喫茶でやっていた賭けトランプや麻雀や競馬でも負ける事はなく、ここ最近は順調すぎる人生にマンネリ感を覚え、高低差のある刺激的な人生を送ってみたいと思い始めていたが、今の状況は想定外すぎてまるで「池袋ウエストゲートパーク」の1シーン見ているようだ。

このあとサイコパスの雰囲気漂う窪塚みたいな男がやってきて、自分は体を切り刻まれるのか、、

「あの時、典行があんな事を言いださなければ、、、」

その日、順二は大学時代の友人5人と居酒屋とカラオケスナックのはしごをして楽しんでいた。

大学を卒業して30年以上経っていたが、友人間のヒエラルキーは変わらないもので、学生時代同様、順二が健三や典行をいじくりたおし、カマをかけて健三の特殊な性癖や典行の年収をカミングアウトさせたりして盛り上がり、終電の時間が近づいてきたので会計をすることになった。
会計をしてみると、順二を入れて6人、2時間で98,000円。 
ボトルも入れてないのに98,000円⁉️
微妙にぼられているような金額だったので、一旦は支払ったが、ビルの外にでてから銀行マンの典行と、何事もキッチリしないと気が済まない信哉が「やっぱり納得いかない」と言い出した。

順二はギリ仕方ない金額だと思っていたが、自分が交渉役になるのは面倒なので、先手を打って健三に「最近なかなか顔をださない罰として金額の交渉に行ってもらおう!」とけしかけた。

酔いがまわり、気の大きくなっていた健三はふらついてはいたが、「まかせとけ〜」と甲高い声を周囲に響かせながら、スナックの入っているビルのエントランスに入っていった。

しばらく待っていたが、戻ってくる気配がない。
早く家に帰って奥さん相手にハッスルしたい典行から、コンビニで今夜使うゴムを買ってくる間に健三を連れ戻してくれと言われ、順二はしぶしぶビルのエントランスに入っていった。

エレベーターに乗り、スナックのある6階に着くとエレベーターホールで健三が倒れているのに気がついた。
慌てて駆け寄り、健三を揺さぶってみると、酔って寝ているだけだったので安心したが、周りをみると数人の若者に囲まれている事に気づいた。

「お前、そこで寝ているジジィの仲間か?」

ラスボス感漂う顔中タトゥーの若者が順二に顔を近づけて聞いてきた。
「いちゃもんつけて騒ぎやがったから、他のお客が帰っちまったんだよな。どうしてくれるんだ❕」

厄介な状況だとは思ったが、自分が健三をそそのかしたした責任もあるので、手持ちの金を渡して切り抜けるしかないと思ったが、どうやら帰った客はヤクザで、店側もヤクザに難癖をつけられ、1時間以内に500万を用意して事務所に持っていくか、それができなければ、臓器売買で高額で売れる金玉をひとつ切り取って持ってこいと言われているようだった。

「金玉❕❔」
「金玉にそんな価値があるのか⁉️ 」

金玉が臓器売買で流通してるなんて聞いた事がない。
若者達はヤクザにからかわれているのを真に受けてしまっているのではないか。
 
ただ、それを諭して理解させられる状況と相手ではなさそうなので、警察に通報する以外ないと思い、携帯をとりだそうとコートに手を突っ込んだところで、はがいじめにされ地下室に連れてこられたのだった。

「もうすぐ窪塚がやってきて、オレの金玉は切り取られるのか、、」

500万、、、
用意できない金額ではないが、今すぐには無理だ。
無知で無謀な若者達の暴走の犠牲になるのはまっぴらごめんだが、ラスボスは今すぐ500万用意できなければ、選択肢は金玉しかないと迫ってくる。

順二はこの危機を脱する方法を考え、エレベーターホールに寝ていた健三の事を思い出した。
「オレの金玉より、毎日奥さんを抱いてる健三の金玉のほうが活きがよくて、高く売れると説得するのもいいかもしれない。」
しかし、なぜこの男達は最初に交渉にきた健三をこの場所に運んでこなかったのか?
すでに健三は金玉を切り取られてしまったのか?
このピンチを脱する考えをめぐらせていたところ、それを見透かしたように、ラスボスが順二に提案してきた。

「自分の金玉が惜しければ、寝ているあの小さいオヤジの金玉をお前がえぐりとっても、オレ達の手間が省けるからそれでもいいぞ」

「やっぱりオレはツイてる。まだ、健三の金玉は切り取られてなかったんだ。」

しばらく迷ったが、ここで健三を犠牲にする事を選択したら、今後自分の2つの金玉を見るたびに卑怯な判断をした自分を思い出し、お天道様の下を堂々と歩ける気がないし、それに今回、健三をけしかけて巻き込んでしまったのは自分だ。 

ここは健三を犠牲にしない事が自分のこれまで人生で行った悪行の禊になるかもしれない。

大学時代、足を骨折し松葉杖をしていた信哉と河童池に肝試しに行った時、物音に驚き、自分だけ走って逃げて信哉を置き去りにした事、
ドライブ中、典行に仲間内の友人の悪口を言うように誘導しそれを録音し、後でみんなに聞かせて笑い者にした事、
それらがチャラになるかもしれない。

順二は少しづつ覚悟ができ始めた。

金玉を切り取られても死ぬとは思わないが、落ち着いてくると、これまでの自分の人生が走馬燈のように思い浮かんでくる。
小中高は野球、大学ではテニスとスキー、卒業後は人気企業に就職してベンツでゴルフという道のド真ん中を歩く人生だったが、本当にそれが自分のやりたい事だったのか?
自分の中に沸き起こる刺激がほしいという感情をずっと気づかないふりをして生きてきたのではないか?
学生時代、地元のサンデーサンのバイト仲間と背中に『DANGANKOZO』と刺繍の入ったお揃いのMA1を着て、江ノ島周辺を車でながしていた自分が本来の自分だったのかもしれない。

反面教師にしていたつもりだったが、もしかしたら業界人で派手に過ごしていた親父のような生き方を自分は望んでいたのではないか?
もし、この危機を切り抜けられたら、親父と酒を交わしながらじっくり話をしてみて、改めて自分の気持ちと向き合ってみようと思った。

今はその為にもこの窮地を切り抜けないといけない局面だ。

ふと天井に人気を感じたので、上を見ると信哉がロープにつる下がりゆっくり降りてこようとしてるのが見えた。

「信哉❕」

「これで助かるかもしれない、、」

と思ったのも束の間、半グレ達はすぐに信哉に気づき、何も武器を持っていない信哉は自らが降りてくる時に使っていたロープで縛られ、順二の横に転がされた。
映画好きの信哉、、
「ミッションインポッシブル」や「ジョンウィック」に影響されすぎだ、、、
信哉も毛根が全滅してて見た目はブルースウィルスパイセンなのに全然「Die Hard」じゃない、、
それにしてもいつもはイケイケの武闘派なのにこんな時に限って雑魚キャラすぎるじゃないか、、
どうやってオレを助け出すつもりだったのか、、、

すると入口の扉が開いて男が数人が入ってきた。

「いよいよ窪塚の登場か、、」

順二は自分の股間を握りしめ、金玉と最後のお別れをし、気持ちを奮い立たせて、窪塚のほうを見た。

「随分背が低く、歳をとった窪塚?」

「窪塚というよりほぼ健三、、」

「いや健三だ、、」

やはり健三もここに連れてこられたのか。
しかも後ろにはイライラしながらゴムを買いにいっているはずの典行?

健三は誰にも羽交締めにされておらず、
自分を見て笑いながら

「どーだった?引っ掛けられる側は」

「❓❔」

「実はオレ、転職して出張体験型アミューズメントを運営する会社に入ったから、順二で試させてもらったんだよ。
キャストは典行の地元の川崎のラッパー達を紹介してもらったからリアルだったでしょ?
順二みたいにソツのないタイプもうまく没入体験させられるかなと思ってさ。
ストーリー的にオレがさらわれてなかったり、金玉に価値があったり、少しおかしな点があるのがわかったから、今後、修正させてもらうよ。
それに信哉には設定が雑魚キャラすぎるって怒られちゃったよ。
うまく没入すると普通に生活してるだけでは気づけない自分の内面に気づけるって言われるけど、順二はどうだった?」

「マジか、、健三のヤロー、、」
 
いや

「体験型のリアルさ、すごすぎるだろ、、」

追い詰められ、自分で自分の内面を覗けたのは間違いない。

ただ同時に商業主義で用意されたサービスを利用することでしか、自分と向き合えないという事を実感させられて複雑な気分だった。

ホッとすると、終電の時間が気になってきたので、急いで縄をほどいてもらい、股間に残った金玉の重さをかみしめながら、週末に親父に南麻布の『鮨よし田』で食事をしようとLINEを入れた。

また今回の件で、自分は商業主義が提供するサービスを利用する事でしか本当の自分とは向き合えないと開き直り、ギリギリ間に合った中目黒で接続した東横線の下りの最終電車の車中で、麻布台ヒルズの『ジャム東京』の宿泊予約を入れ、さらにお台場の『イマーシブフォート東京』での没入体験の予約、恵比寿の『Ladian Spa』のサウナ指定席の予約を自宅最寄りの大倉山に着くまでに完了させた。

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