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「あった!見つけたぞ!」~宮神輿復活 奇跡の物語~

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■戦前まで行われていた宮神輿御神幸

麻布地域では、戦前まで麻布氷川神社の宮神輿が地域を巡幸していました。

昭和10年の宮神輿御神幸の白黒写真

装束を身にまとった方々をが牛と共に宮神輿をひいている様子が、よくわかります。

この宮神輿は麻布地域の総鎮守、麻布氷川神社にありました。ところが東京大空襲で境内の大半を焼失する被害を受けます。

戦後、境内などが再建されるなか、奇跡的に戦火を免れていた建物がありました。宮神輿を保管していた神輿蔵です。

■地域をもっと盛り上げたい

時代が平成、令和と移り行くなか、地域に親しまれ続けてきた麻布氷川神社では、仙台七夕をはじめ地域を盛り上げる活動を続けてきました。神職を務める羽倉信成さんは「さらに地域を盛り上げる切り札」として一つアイデアを温めていました。

神輿蔵に保管されたままになっている宮神輿御神幸の復活です。

■どこに修理を依頼すればよいか?

特別な機会に神輿蔵を開放し宮神輿をお見せする機会はありましたが、不稼働の状態が非常に長く続いた宮神輿。いまこそ皆で宮神輿を曳いて練り歩く御神幸を復活させることで麻布地域をもっともっと盛り上げていきたい。

羽倉さんは宮神輿御神幸の復活に向けて動き出しました。

ところが神輿の修復を誰に頼めばよいのか、どう依頼すればよいかがわかりません。

日頃から神輿の外観を見ることはありましたが、内側を見る機会はありませんでした。手掛かりを得ようと、羽倉さんは意を決して神輿の中に潜り込みました。

■「あった!見つけたぞ!」

暗闇のなか手に持った懐中電灯で内部を照らすと、ある文字が見えました。「昭和10年建造 神田宮惣」という文字です。

「この神輿を建造したのは神田宮惣かもしれない」

神輿の中から出てきた羽倉さんは手元のスマホでネット検索をしてみました。すると、

「あった!見つけたぞ!神田宮惣は今もある」

神田宮惣_検索画面


■令和の今も続く神田宮惣

現在、台東区東上野にある種谷製作所は、神田宮惣の6代目。そうです、天保6年創業で約90年前に麻布日氷川神社の宮神輿を建造した宮惣は、令和の今も神輿の建造・修復をしていたのです。

http://miyasou-taneya.co.jp/

羽倉さんは急いで電話連絡をして修復について相談しました。宮惣でも「麻布氷川神社の宮神輿建造の記録」が確かに残っています。これも何かのご縁、快く引き受けてくださることになりました。

■奇跡と奇跡が重なった宮神輿の復活

いま、修復を行っている麻布氷川神社の宮神輿には2つの奇跡が重なります。

東京大空襲で境内の大半が焼失する中、宮神輿のある神輿蔵が残されたという奇跡。
そして、戦前にこの宮神輿を建造した神田宮惣が令和の今も現存し、修復を依頼できたという奇跡。

2つの奇跡が重なった宮神輿がいま、復活の時を迎えようとしています。

麻布氷川神社では、幅広い方々に修復した宮神輿をご覧いただけるよう、クラウドファンディングを通じて皆様からの応援を募集しております。

奇跡と奇跡の重なった宮神輿の復活。その現場に皆さんも立ち会ってみませんか。クラウドファンディングに関する詳しい情報はこちらをご覧ください。(期限は1月15日まで、お急ぎください)



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