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かまきりのかまちゃん

虫が大の大の苦手な私がカマキリと濃ゆい時間を過ごした思い出のお話。


それは世の中が未知のウイルスに混乱を起こしていた頃。

私が働いている職場は空港に近い事もあり、もろに影響を受け大混乱。
毎日毎日、現実として受け入れられない状況の中必死に業務にあたっていたけれど、それもまた突然に「休業」を言い渡され緊迫の日々から一転、おこもり生活となった。

そんなある日、ベランダに出た私は心の中で「ひぃぃぃっ」と叫びのけぞる。
ベランダの植木に大きな緑色のカマキリがいるではないか。
刺激してはいけない…
見たくはないけど、そこにいるという位置確認をじっくりしながら家の中にそおっと逃げ込む。

「は〜…。早くどっか行ってくれないかなぁ」
そんな私の願いも虚しく、そのカマキリは次の日も又次の日も我家のベランダに位置を変え変え君臨していた。

ベランダの植木に水をやる為にカマキリの位置確認が日課になっていた私は更に「ひぃぃぃっ」とのけぞる。
カ、カマキリがもう1匹いる…。
お互い微妙な距離感で佇んでいる。

そしてその夜。
怖いくせに気になって仕方ない私はカーテンをそーっと開けてドン引きする。
先住カマキリが新たに来たカマキリをはがいじめにして食べているではないか…。

終わった。見てはいけないものを見てしまった。

そしてふと気付く。
カマキリは子孫を残す為にメスのカマキリはオスのカマキリを食べて卵を産むって聞いた事がある。
もしや、この光景は自然界の正にそれなのか。
あのカマキリは子孫を残す為に自ら身を捧げに来たというのか。

そして次の朝、恐る恐るカーテンを開けてみると食べられたカマキリは足だけがそこに散らばっていた。
お前、一晩であのカマキリを食べちゃったのか。そしてもしやこれからお産をするのか。

不思議なもので怖くて怖くて近寄れもしないくせに毎日顔を合わせていると何やら親近感がわいてきて、私はそのカマキリを「かまちゃん」と呼んでいた。
そんな私を息子が「いつの間にそんな仲になったんだ」と言うくらい心の距離は縮まっていた。
ベランダに出る時はまずかまちゃんの位置確認。
そしてなるべく距離を取って移動し出産を今か今かと見守っていた。

そんな日々が続いたある日。
かまちゃんの姿が突然見当たらなくなってしまった。ベランダをあちこち探したけどいないのだ。

いよいよ出産で身を隠してしまったんだろうか。
突然のお別れのようで何となく心寂しく感じる虫嫌いな私。
その次の日もまたベランダに出てかまちゃんを探していた私は目を見開く。
ベランダに置いたラックにかけてあった布団叩きにカマキリの卵が!
そして次の瞬間息をのむ。
ラックの横に水をはって置いてあったバケツの中にかまちゃんが浮いているではないか。
私は思わず「かまちゃん!!」と声をあげ、こんな状況でゴメンだけど触れないのでベランダボウキでかまちゃんを救い上げた。

かまちゃんはお産で力尽きそのまま下に落下したのだ。

かまちゃん!

かまちゃんはベランダに身を起こしじっと私を見ていた。
いよいよお別れの時なのだと感じた。
私はかまちゃんに「かまちゃんの卵は私がちゃんと守るから安心して」と声をかけていた。

それがかまちゃんを見た最後だった。


それからいく日がたっただろう。
かまちゃんが命をかけて産んだ卵からチビっ子達が生まれ厳しい自然界に旅立って行った。
かまちゃん、赤ちゃんが生まれたよ。
ベランダから外を眺めながら心の中でかまちゃんに報告した。

学校が休校になっていた息子もだんだんと時間差登校などで学校に行くようになった。授業で真っ白な本に絵本を描くという課題が出ると息子は私とかまちゃんの出来事を真っ白な本に描いてくれて、大切な思い出の一冊ができ上がった。
先生からとても良くできているので見本に貸して欲しいと言われ私の手元にきたのはだいぶ後の事だったけど。

かまちゃんの茶色い卵は今も布団叩きについたままラックにかけてある。
私とかまちゃんの大切な思い出。

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