とある世界の昼下がり

「この後は、斬新な教育論でおなじみの、能力者に特化したあの学園の校長がゲストです!」
 そう言ってCMが流れ出したテレビなどには目もやらず、私は昼食の蕎麦を啜った。
 私は、一介のサラリーマンだ。独身貴族の私に、教育論は必要ない。
 汁を吸ってふにゃふにゃになったエビ天にかじりついていると、こんな時間から酔っ払った男が、臭い息を吐き出しながら話掛けてきた。
「あのテレビでやってる校長、神田っつったっけ?アイツ、そこの大学の出身なんだってな」
 私は蕎麦を口に運ぼうとした手を止めた。
「そこの……ってのは、緑谷大学ですか?」
 この蕎麦屋から一番近い学校の名前を挙げると、男は、それそれ! と笑った。
「確か二十年近く前に首席で卒業したんだろ?それでもう校長たぁ、天才中の天才だな」
 まぁ、私立の学校ならそういうこともあるのかも知れないですけど、という言葉を飲み込んで、私は気の抜けた返事だけをした。
 緑谷大学……。私の母校だ。Fランク校ではないが、名門というわけでもない。……確かに、そんな名前も知っている気はする。多分だが。
勘定を済ませて職場へ向かう。時計を見ると、まだ昼休みは二十分残っていた。計画通りだ。
職場近くのあの蕎麦屋でエビ天蕎麦を食べ、二十分前には職場に向かい、昼休みがおわるまで、午後の仕事の確認や残った小さな雑務を済ませる。
私の計算は完璧だ。
そう、昔からそうだった。全て計画通りでないと不満だった。
幼い頃なんて、それが理由で大泣きしたことだってあった。
頭も悪くはなく、神童とまで呼ばれた事があった。
……が。
神童は、成長する度に周りに埋もれてしまった。今の私は、ただの頭が少し回るだけのオジサンだ。
盛大にため息を吐いて信号を待っていると、突然首根っこを引っ張られた。
「お前ら!!大人しくしねぇと、コイツがどうなっても良いのか!!」
 文法のおかしい見知らぬ男が私の首を捕らえる。通行人達が物珍しそうに
 ああ、最悪だ。何が最悪かって、先述したとおり私は全て計画通りでないと気が済まないのだ。
 もういい。早く解放してくれ。さもないと昼休みが終わってしまう。
 特大のため息を吐いた。
「おい、何だよ、不満か?」
 男が私の首元にナイフを近づけてきた。
 私は思わずひっ……と声を漏らし、それと同時に、あちこちから悲鳴が聞こえた。
 ああ、終わった。人生も何もかも。せめて彼女は欲しかった。
……そう思った瞬間。
ドカッ。
鈍い音と共に私は解放された。振り向くと、テレビでよく見知った顔が男の脇腹に拳を入れていた。
「おにーさん、ボーッと人質取っちゃダメだぜ? 後ろがガラ空きだったぞ」
 半笑いで男を担ぐ彼に、私は見覚えがあった。
 そうだ。大学時代、同じように酷い目に遭ったとき、彼が助けてくれたんだった。……表情筋が死んだような顔で。
「大丈夫だったか?」
 あの日と同じ彼の問いに、思わず問い返してしまった。
「あの、お名前は……」
 なぜこの問いが出たのかは分からない。緊張か、混乱か……。ただあの日と違うのは、彼が笑みを湛えていること。
 彼はきょとんとした顔をしたが、すぐに笑って、あの日の根暗そうな陰キャと同じ言葉を一字一句違わず答えた。
「神田結次、君のクラスメイトだ」

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