巡る
人間の身体は二週間もあれば細胞が全て入れ替わる。
だから、手をつないで歩いても、あの時触れ合っていたあの細胞はもう存在しない。
それでも記憶は、あの時の細胞を忘れていない。
人が死んでも記憶の中に生きることとさほど変わらない。これは、ロマンティックなノスタルジィだ。
当時の細胞が存在しないことを記憶が認めない。これはポジション・トーク的なニヒリズムだ。
重要なのは同一細胞であることではなく、同一精神を持った細胞の持ち主だ。これは、愛したい者の演説だ。
そんなことはどうでもいい、手を繋いだ事実が大事なのだ。これは、愛される者の放蕩だ。
私は、愛したい人間だ。文学をはじめとした芸術全般を。そして、愛してくれないあなたのことを。
しかし今、少しだけ抱く新しい細胞の、新しい感情。消えて行った細胞への哀惜と、消え行く運命の再来への渇望。
それを求めなかった私の細胞は、既に消えたのだろう。手を繋いだ記憶だけを残して。