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私は古い人間なんで 〜家族の理解とその人らしさ〜

今回の主役は96歳のJさん。ご主人を亡くして5年、ご自身は特に大きな病気もせずお一人で暮らしていたが、さすがに90歳を超えるとちょっとしたことで生活が狂ってしまう。そんなJさんを心配しているのは息子さん。「ばあちゃんの想いは尊重したいけど…」と、これまで渋々一人暮らしを容認していたが、ある日Jさんがヘルペスになったことをきっかけに遂に動き出す決意をする。

きっかけのヘルペス

「Jさんからお電話です!」

利用者さんのリハビリに当たっていた私だったが、受付スタッフに呼ばれて電話口へ向かった。

Jさんは私の勤める通所リハの利用者さんで、とても丁寧で上品な方だ。

私「お電話代わりました。どうしましたか?」

J「お世話になってます。すいません、熱が出てさっき病院行ったらヘルペスて言われまして。明日は休みます」

私「あー、それは大変ですね!痛いでしょ?」

J「痛い……この歳なってこんな痛い想いせなアカンかと思います」

私「うわぁ。僕も一回なったことあるけど、辛いですよね?ゆっくり休んでください。また治って来れるようになってから連絡くれたらいいですよ」

J「すいません。そうします。お願いします」

(ヘルペスかぁ、痛かったなぁ)
と、高校時代にヘルペスになった記憶が蘇った。

ヘルペスとは、単純疱疹または帯状疱疹のことで、Jさんの場合、後者の帯状疱疹と後々わかった。帯状疱疹は簡単に言うと、体内に潜伏していた水痘ウイルスが免疫の低下や過労、加齢などで再活性化して発症すると言われている。主に後神経節という部位にこのウイルスが潜伏しているため、発症時には神経痛を伴って、赤いブツブツができる。

電話を受けたのが月曜日なので、おそらく今週いっぱいか、来週までは休むだろうなと予想していた。

しかし、Jさんは一人暮らしのおばあさんであったので、通所リハを休まれることも含めてケアマネジャーに連絡した方が良いと考えて、昼休みに電話をすることにした。

私「お世話になっております。Jさんのことでご報告があるのですが……」

ケア「あ、実は私も言いたいことがあって。ヘルペスになったんですよね?」

私「そうみたいです。やからしばらくリハビリは休むと言われました」

ケア「そうですね。で、いつも面倒見てくれている息子さんが少しお話したいとおっしゃってて、担当者会議ってわけではないんですけど、お時間とれますか?息子さんはお仕事の都合で明後日か明明後日に希望されてるんですけど……」

私「いいですけど、私らにも話があるんですか?」

ケア「そうみたい。Jさんはすごいそこの通所を気にいってるというのは息子さんも知ってるから、そこの人の意見も聞きたいってことなんで」

私「はぁ。Jさんの今後ですかね?」

ケア「息子さんとしては、施設もどうかなって考えてるみたいなんです。前まではJさんがまだ大丈夫ていうから見送ってたけど、今回みたいに体調を崩すと生活が成り立たなくなるから、やっぱり施設って考えが出てきたんだと思います」

私「なるほど。私も今回1人で大丈夫かなって思ってたんですけど、やっぱり息子さんも気にしてたんですね」

ケア「今は息子さんが仕事後に寄ってくれることになってます。とりあえず、直近でできることとしてヘルパーを入れることはできるよって伝えようと思うんですけど、まだ熱あってしんどいですよね?」

私「しんどそうでしたね。熱下がってこれまで通りスッと動けるようになるといいんですけど……廃用で動き悪くなりそうなんですよね

ケア「そうよね。動けなくなると息子さんとしてはホンマに施設ってなってくるだろうし。まだ支援2だから施設も難しいんですけどね」

私「そうですよね。私は明後日でも明明後日でも大丈夫なんで決まれば教えてください」

ケア「ありがとうございます。また連絡します」

ここでJさんの情報を紹介。

・90歳代の女性
・1人暮らし(ご主人は5年前に他界)
・キーパーソンは次男、車で30分ほど離れた所に住んでいる。孫娘もよくJさんを気にかけてご飯などを作りに来てくれる。長男は他界。
・「主人が他人様を大事にしてたから」と、Jさん自身も礼儀正しく、家族だけでなくみんなから慕われている。
(買い物帰りにタクシーに乗るといつも頼んでないのに買った物を運転手さんが玄関まで運んでくれるほど)
・背骨の変形がひどく、自宅内は伝い歩き、屋外はバギー歩行
・かかりつけは内科と整形外科。小腸捻転で入院・手術があるが、それ以外の大病や怪我はない。

そんなJさんだが、頑固なところがあり、ベッドやヘルパーの利用は拒否している。

以前、ケアマネジャーの提案でヘルパーを利用しようとなったのだが、『私は古い人間だから、ヘルパーさんに来てもらっても申し訳ないと思ってしまう』と、ヘルパーが来る前に全部掃除をしてしまい、『ヘルパーさんが来ると逆にしんどいです』と断ってしまったことがある。

また、『帰りに商店街で買い物したい』と、通所リハの送迎は使わずに、利用後は歩いて商店街へ行かれることが多い。

以前、リハビリ中にJさんが自分の身の回りについてこんな話をしてくれた。

私「家で困ってることありませんか?」

J「できることしかしませんので。買い物したら荷物は運転手さんが持って入ってくれるし、ゴミ出しはお迎えの奥さんが一緒にやってくれるんです。あとは孫娘と息子がちょくちょく掃除に来てくれるから、自分のことさえしとけばいいので」

私「へぇ!すごいですね!なんかJさんてこう…してあげたくなる空気ありますよね!なんでそうやって慕われるんでしょう?」

J「別に何もしてませんけど、主人は他人さんにとても良くしてあげる人やから、私もそうなったんかな?自分では普通のことをしてるつもりなんですけど」

私「そうなんですね。何か“徳がある”って感じです。良い意味でですよ!」

J「ありがとうございます。でも、お迎えの奥さんなんかウチに来て2、3時間愚痴言って帰るんよ?ゴミ出ししてくれるから何も言えないけど、しんどいですよ(笑)」

(いい人にも、その人なりのしんどさがあるんやな)

それはともかく。
Jさんは自分のできない範囲はいわゆる、“共助”で補えているので生活に困っているとは感じず、過介入になるとしんどく感じるようだ。

そんなJさんは施設についてどう考えているのだろう。

私としては、動けるならば今の生活を続けて欲しいが、ご家族の意見は聞いたことがないから、無責任なことは言えない。

今回の息子さんとの対話の機会は、息子さんの想いとJさんの想い、みんなが納得してJさんらしい暮らしを続けられるようにしていくために、必要なことだと感じていた。

その日の夕方にケアマネジャーから連絡があり、話合いは明後日に行われることになった。


心配な息子

話合い当日、息子さんとケアマネジャーが私たちの事業所に来た。
息子さんの希望で、Jさんは今日の話合いには参加せずとのことなので、うちの事業所の見学も兼ねて、話合いの場所に選ばれた。

息子さんは、恰幅の良い男性で、正直言ってJさんからは想像できない強面だった。

息子「今日は無理を言って申し訳ありません。いつも母がお世話になってます」

強面には似合わない(ごめんなさい!)優しい声だった。

私「いえ、こちらこそ、いつもお世話になっております。Jさんのお加減はいかがですか?」

息子「良くはなりましたけど、やっぱりあの歳なんでね。元気はなかなか戻りません。横になってるか、起きてても座ってじーっとしてます。腫れたところが痛いみたいでね

私「あー、そうなんですね」

ケア「ご高齢になると病気の後も活気がない状態が続く人がいます。Jさんもそうならないといいんですけど」

息子「そうなんです。今日はそのことでご相談なんですが、単刀直入に言うと、僕としてはそろそろ在宅生活の限界が近いんじゃないかと思うんです。ただ、おばあちゃん(Jさんのこと)は頑固やしまだ認知症もないから嫌がるとは思うけど、転けたり何かあってからじゃ遅いよとは言ってるんです

ケア「Jさんは何かおっしゃってました?」

息子「前にこの話したら『もう少し様子見させて』と言われましたよ。それでここ何年かきてますから。ただやっぱり今回みたいなことになるとね。実は私の妻も軽い脳梗塞をしまして、少し手が動きにくくなってしまって。娘、おばあちゃんからしたら孫ですけど、その子がウチの方は家事をしてくれてますが、やはり私もおばあちゃんだけに時間を割くこともできませんし」

私「そうなんですか⁉︎それは確かに大変ですね。Jさんは奥様の脳梗塞についてご存知なんですか?」

息子「体調が悪いのは知ってます。だから今も『毎日来なくていい』とは僕に言うんですけど、自分一人でどうすんねんって言ってるんです」

ケア「だから施設の方がご家族は安心なんですね?」

息子「そうです。おばあちゃんにはできるだけ自分の思う様にさせてあげたいけど、実際こうやって体調を崩すと出来なくて困ることがある。調子がが良くないと生活できないでは、僕はそれは生活が成り立ってるとは言えないと思うんです

とても建設的な考えだなぁ、と話を聞いていた。
確かに、私も今回家から出れないぐらい体調が悪くなって、生活どうするんだろうと心配したし、家族になると余計そう思うだろうな。

私「日頃のJさんの暮らしなんですが、息子さんとお孫さんが週末に掃除やら買い溜めをしてあげてると聞きました。それは息子さんたちのご負担ではないですか?」

息子「よくご存知ですね。それは全然。車で大きい物買って行くぐらいですから。娘もおばあちゃん子で私が掃除してる間におかず作ったりしてます。ただ、本人は私らにも気を使ってるみたいで結構自分で掃除したりしてますね。置いとけって言ってるんですけど

私「自分のことは自分でしたいみたいにおっしゃってましたけど、お掃除に来られるのはとても助かってるとも言ってましたよ」

ケア「それは私にも言ってました。ただ、奥様のこともありますもんね。実は施設と言ってもいろんな種類があって、Jさんは介護保険の区分が低くて選べる施設が少ないんです」

(え、いきなり施設の話いく?)と、焦ったが、

息子「そうなんですか。専門家から見て、施設に入る対象ですかね?あのばあちゃんは」

私「うーん…正直、まだ暮らせそうな印象です。息子さんのおっしゃるように、調子が悪い時にどうするかですが、今回のような時は然るべきところに頼らないといけないとJさん自身がわかってもらわないといけません。一方で、買い物に関しても自分の食べたい物を目で見て選んだり、ご近所やご友人と話したりすることは、社会の中で暮らしてるって感じが得られるので大事なことです。施設だとその機会は少なくなってしまいます」

息子「頼るのが下手やからねぇ。あの姿勢でよく暮らしてるなと思いません?」

私「確かに、かなり腰曲がってますからね」

息子「でしょう?まぁここのリハビリ来てるおかげでまだ歩けてるんですわ。ありがとうございます」

ケア「ご家族とご本人の意見が合えば私たちは動くことができます。中には本当は生活が辛いから施設入りたいけど、言い出せないっていう高齢者もいるんですけど、私から見ててもまだ家での生活を満喫しているようには見えます。ただ、ベッドやヘルパーを導入できたらちょっと動きにくくなってもご家族も安心なんかなと思いますが」

息子「そうですねぇ。また本人と話します。私らもおばあちゃんには元気でいてもらいたいんでね」

ケア「くれぐれも息子さんがご無理なさらないでくださいね!」

息子「僕は大丈夫。妻もおばあちゃんに目をかけたってとは言うてるんで。ただ素人目では施設に入るタイミングなんてわからんでしょ?だから話をしたかったんです」

なんとなく息子さんの表情は晴れやかに見えた。

これでJさんは施設に入らず済む。
めでたし、めでたし……とはすんなりいかなかった。

やはりヘルペス自体が治ってもなかなか通所リハに行けるほど体力・気力が戻っていないようだ。

結局、ヘルペス発症から3週間休むことになり、ケアマネジャーが自宅へ訪問する際に体調と意向の確認がしたくて一緒について行くことにした。

私がJさん宅に着いたころにはケアマネジャーは既に来ていて、息子さんもいらしていた。

息子「どうぞ」

と、ドアを開けてもらい中に入ると意外に元気そうなJさんの姿があった。

私「お久しぶりです。Jさん、思ってたより元気そうで!」

J「だいぶ良くなりまして。また寄せてもらいます」

息子「人が来るとスイッチ入れるんですよ。通所リハって送迎してもらえるんですよね?それ使ったらどうやって言ってたんです」

ケア「息子さんが送迎してもらいって言ってるんですけど、どうですか?」

J「うーん、そこに行くついでにちょっとしたお菓子やおかずを買って帰るのがちょうどよかったんやけど。私は古い人間なんで、自分の口に合うやつは自分で探してみたいんです

息子「それは古い人間関係ないやろけど。今の自分の状態で行って帰れんのかって話や。実際家でちょっと動いただけで息切れとったやろ?

J「それも最近はマシになったよ?」

私「ちょっと今歩いてみますか?」

一応血圧計とパルスオキシメーターは持っていたので歩行前後のバイタルや疲労の有無を評価させてもらった。

玄関まで歩いて、押し車を出し、それでタクシーの着く玄関先へ出る。
これだけでは血圧もSpO2もほとんど変わらず、息切れも起こっていなかった。

少し休憩して家の周りをぐるり、約50m歩いてもバイタルはほとんど変わらなかったが、

J「少ししんどいね」

と、言っていた。息切れはしていない。

息子「ふーん。それぐらいは行けるんやな」

と、血圧の数値を見て息子さんはそう呟いた。
特に男性は数値化して示してあげると安心する人が多い。

息子「ほな、どうする?リハビリ自分で行くんか?」

J「行けるよ。来週から行く。せっかくこうやって来ていただいたらいつまでもダラダラしてたらアカンと思ってきた」

息子「そしたら来週からお願いします。送迎はまた本人の状態を見て、で。頑固でしょ?アカンくなるまで聞きませんわ」

私「わかりました」

用事が済んで私とケアマネジャーが帰ろうとすると息子さんに呼び止められた。

息子「再開の日、僕休み取りますので何かあれば連絡ください」

ケア「わかりました!」

息子「僕は自分の目でもおばあちゃんが一人で行けるんか見てみますわ。タクシー呼んで、乗り込んで、手伝わんと行けるのか

息子さんはJさんに対してぶっきらぼうな言い方だが、心配してるのはよくわかる、いい関係だなぁと感じた。

いい距離感で見守る

翌週の利用日。
これまでと変わらない時間にJさんは事業所に訪れた。

私「おはようございます。待ってましたよ。まぁいきなり同じメニューもしんどいと思うので、様子見ながら進めていきましょうね」

J「ありがとうございます。迷惑かけてすいません。困らせてたら正直に『来んといてくれ』って言ってくださいね」

私「いやいや、そんなん言いませんよ(笑)」

などとやりとりをしながら、普段の体操を行ったり、利用者やスタッフと話す姿はこれまでのJさんとは変わらなく見えた。

Jさんは『ヘルペスは痛かったけど、息子とここまで話すことがなかったのでいいきっかけになった。あの子はなんでもテキパキし過ぎて私が何か聞こうと思っても心配せんでええ、って言われて終わってたから』と言っていた。

なかなか親子でじっくり今後について話す機会は無いものだ。

帰り際、窓から見慣れた男性の姿が見えた。
Jさんの息子さんだ。

頃合いを見て外に出て声をかける。

私「こんにちは。いらしてたんですか?」

息子「すいません。本人には家で見送るって言ってタクシーの後を車で追いかけてきたんです。ちゃんと降りて歩き出せるんかって」

私「なるほど!尾行ですね(笑)どうですか?できてましたか?」

息子「まぁなんとかね。見ないと気が済まない性分なんで、これでまぁ少し安心かな、と。程よい距離感で見守りながら生活します。あと、ベッドを借りる言うてましたので、しばらくは僕が泊まりこんで様子見ることにします。寝に帰るぐらいやから本人も嫌とは言わなかったし」

私「そうなんですね。僕らも異変があればまたご相談しますので、今後ともよろしくお願いします」

息子「こちらこそ、よろしくお願いします」

私「お会いになります?」

息子「いやいや、何しに来たん言われるし、もういいです。帰って待ってますよ」

そう言って息子さんは車の方へ歩いて行った。

通所リハへ戻り、帰り支度をするJさんに尋ねた。

私「疲れましたか?」

J「ありがとう。大丈夫」

私「買い物寄るんですか?」

J「流石にまだ今日はやめときます」

私「息子さんとの約束ですか?」

J「いえ、自分でもいきなりやりすぎはよくないと思うから。今日は呼んだら息子が迎えに来てくれるそうなので」

そう言ってカバンから真新しいスマホを取り出した。

J「コレで呼びます。LINEで」

(いや、全然古い人間ちゃうやん!)
と、心でツッコミを入れる私だった。

あとがき

Jさんと息子さんのやりとりから、家族それぞれの想いを共有するのって難しいことだと改めて感じた。

今回は施設に入るかではなく、“Jさんが元気に暮らしていけるようにどうするか”が焦点に落ち着いたことで、みんなの納得する形に落ち着くことができた。

施設はあくまで“手段”、もちろん通所リハも息子さんの見守りも手段。
対話から目的を明確にして、本人含めみんながどう動くか、それが一番大事。

終わり。

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