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心理職・心理学者がハラスメント対策を考える Advent Calendar 2023

サイコロスタジオの牟田季純です。個人事業の屋号なのでサイコロスタジオ=牟田季純です。まあいいか。

このエントリーは「心理職・心理学者がハラスメント対策を考える Advent Calendar 2023」の1日目のために書いた記事です。

このアドベントカレンダーは,心理学の専門家(公認心理師や臨床心理士などの心理職や,心理学の研究教育に携わっている研究者)がその知を持ち寄ってハラスメント対策のことを考えていくための場所として作りました。急ごしらえにも関わらず既に数名の有志からエントリーをいただいています。とても心強く思っています。アクションを起こしたい方であれば,心理学のプロパーの方でなくてもかまいません。投稿をぜひお待ちしております!



このアドカレを作るまでの出来事

まず,このアドベントカレンダーを作った経緯となったいくつかの出来事を僕の視点で時系列順にまとめてみます。

1. 日本認知・行動療法学会による「会員の処分」の公表

11月10日に日本認知・行動療法学会が会員の処分(役職等の停止と宴席等への参加自粛要請)を公表しました。処分の理由は同会員へのセクシャルハラスメントによるものとされています。処分の理事会決定がされた日は9月25日のようです。

僕はこの学会の会員ではありませんので,内情はよく知りません。ただ,この学会で活躍する会員や運営メンバーには知人や一方的に知っている人も少なからずいて,幾ばくか心配な気持ちを持っていました。

僕の観測範囲ですが,SNS上の反応として,理事会決定から公表までに時間が掛かっていることへの疑念や,内情を知っているらしい人がそうなることもやむなしと感想を述べている投稿が見られました。

2. 日本心理学会の対応

11月17日に日本心理学会は,日本認知・行動療法学会の当該事案に関して「事実があったかなかったも回答しない」という態度を示したようです。ようです,というのは実はこの件は次に紹介する弁護士ドットコムの記事でしか確認できていないからです。

ここで注意しておいてもらいたいのは,日本心理学会と日本認知・行動療法学会は互いに独立した全く別の学術団体だということです。日本には心理学や心理療法に関する学会がいくつもありますが,そのどれも独立に運営されていて上位下位のような組織構造はありません。つまり,日本心理学会は他の団体の事案についての管理監督の責務や捜査権限があるわけではないのです。そのため,日本心理学会としては他団体の不祥事について「お答えする立場にない」というのが率直なところだったのだと思います。

3. 弁護士ドットコムによるリーク記事の公開

11月17日に弁護士ドットコムによって当該処分に関するリーク記事が公開されました。ここでは,処分された会員が3人だったこと,大学でポジションを持つ30〜40代の男性だったこと,臨床心理士と公認心理師の両資格の保持者であること,加害者と被害者の関係や,告発に至るまでのかなり具体的なハラスメント行為が明かされています。当該学会によって公表されていない内容が詳細に記述されており,処分に関わった関係者によるリークがあったものと思われます。

以下にリンクを貼っておきますが(ゴシップ記事らしく)非常に不快な感情を引き起こす内容となっていますので,影響を受けやすい方や気持ちが不安定な方は閲覧をしないことを強くお薦めします

この記事が公開されると,SNS上で多くの人が非難の声を上げました。ゴシップ的な記事なので僕はその信憑性がどれくらいのものか測りかねますが,内情を知っている人から見るとどうも是認できるような内容らしい。これは自分がそこに近いコミュニティにSNS上でも属しているからかもしれませんが,特に怒り心頭だったのは同業者である心理職や心理学の研究者だったように見受けられました。

3.1 どうして心理学業界が憤ったのか

特に問題視されたのは,このハラスメント行為が臨床心理士と公認心理師の両方の資格保持者によって行われたこと,そしてそれがハラスメント被害のケアに直結する心理療法の学会というコミュニティで行われたことです。

公認心理師という国家資格は,その資格の性質に関わる法的義務の一つとして「信用失墜行為の禁止」が定められ(公認心理師法第四十条),それに違反した場合には文部科学大臣及び厚生労働大臣が「登録の取り消し」または「公認心理師名称の使用停止命令」を出すことができます(同三十二条)。なお,信用失墜行為については「秘密保持義務」(同四十二条)等の違反とは異なり懲役や罰金の罰則はありません。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=427AC1000000068

公認心理師の信用失墜行為というのは,その専門的な職能と業界に対する社会からの信頼を失わせる行為のことです。これは公認心理師資格が成立して以来,従来からの心理職(臨床心理士)のコミュニティが目を光らせてきた懸念の一つでした。

これまで懸念が向けられていた先は主に,法的な経過措置によって試験を受けただけで資格を取得できた〝臨床心理学の専門教育を受けていない公認心理師〟による個々の逸脱行為でした。それが,従来からのプロパー(専門家)である臨床心理士とのダブルホルダーによって引き起こされ,それがまさかの心理療法,しかも日本の医療制度で保険適用(※医師または看護師が行う場合)が認められている認知行動療法の学会コミュニティで,それも衆人環視の場所で起こった。これが事実であれば,個人の資格停止に留まらず,業界自体が信用を失墜させる自滅行為をしたことになります。心理職や心理学者のコミュニティが憤るのは至極当然のことです。

3.2 個人的に不可解なところ

「これが事実であれば」といちいち前置きをするのは,僕個人として,先の記事に書かれている文字通りのことが本当に起こったのか,いまでも俄には信じられないでいるからです。実は嘘だったんだと言って欲しい。

Slack等のオンラインツールで研究や学会運営の仲間とやりとりをするという習慣は,心理学の業界にも新型コロナウイルスのパンデミック事態より少し前から浸透していたように思います。Slackでは参加メンバーを限定したクローズドな「鍵付きのチャンネル(プライベートチャンネル)」を作ることができます。守秘義務のある個人情報を日常的に扱う心理学のプロパーなら当たり前に活用する機能だと思います。

鍵付きのチャンネルはもちろん記事にあるような衆人の場で言えないことを語り合うような場所として使われることもあるでしょう。そうではなく,被害者となったメンバーも覗けるような鍵のついていないチャンネルで当人に対するえげつない猥談が繰り広げられていた???? オフラインの場所(大会?懇親会?)でのハラスメント行為も周りにいた人は何も咎めなかったの???? どうにも話が飲み込めない。あ,これは画面に文字が並んでるだけだ,これが事実かどうかなんて考えるのはやめよう!

4. 日本心理学会へのオープンレターの呼びかけ

11月28日に匿名の大学院生によるオープンレターの呼びかけが行われました。宛先は日本心理学会で,内容は近年の「オープンレター」で話題となったようなキャンセルカルチャー的な性質では全くない,ハラスメント対策に関する建設的な議論の醸成と体制づくりの要望となっています。

【日本心理学会宛て】オープンレターへのご意見・賛同者募集/ 【To the Japanese Psychological Association】Collecting opinions and signs for our open letter
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdhRLKg7XkFQsr7yJrfGGZ3agmbekz1fqj9SHaR9F6ZUJL6IA/viewform

 件の記事の文字列にSNSの心理学コミュニティが心を痛めたり憤ったりしているなか,具体的なアクションを示したのはこれからの心理学の業界を担う若い研究者でした。SNS上の「いい大人たち」はこのアクションにすぐに賛同を表明しながら,そうしたアクションができなかった自分たちを恥じる告白をする人も多く見受けられました。

4.1 オープンレターへの反応

「いい大人たち」がオープンレターへの賛同とともに添えていたのは,この若い研究者の行動力とその勇気に対する賞賛です。アカデミックな業界のパワーハラスメントやモラルハラスメントは古い時代からたびたび伝えられてきました。当然なのかどうなのか知りませんが,心理学の業界でもそうした話は少なからず耳にします。もしかしたら,アクションを起こしたことで「上の人たち」に嫌われたら自分の研究者としての将来が潰されるかもしれない。

もちろん,ハラスメント被害を学会の上層部に訴えた当人の気持ちはそれ以上のものだったと思います。

学問の世界は,師に教えを請い,その師の師がいて,という連綿たる師弟関係の強固な鎖で編まれたチェインメイルです。そのなかで大学院生の立場は最も弱い。捨て身の覚悟だと評している人もいました。この若い勇者に何よりも力を貸したいという気持ちでオープンレターに賛同した人たちも多いのだと思います。

僕は個人的な思想に基づいてこのオープンレターに賛同しない意を表明しています。「オープンレターに反対する意」ではないですよ? そのことは後の方で少し書きますね。

追記:5. 日本心理学会から「弁護士ドットコムニュースの掲載記事について」のお知らせ

12月1日,記事を仕上げられずもたもたしている間に日本心理学会から「弁護士ドットコムニュースの掲載記事について」という応答文書が公開されていました。日本心理学会における会員の処分に関する規則(倫理規定)と守秘義務について明示し,取材に対する回答の意図を説明しています。

日本心理学会 : 弁護士ドットコムニュースの掲載記事について
https://psych.or.jp/wp-content/uploads/2023/12/20231201.pdf

普通の組織の回答としては順当なものだと僕は思います。

今回の事案に対するアクションを求めた人たちの期待と失望は,日本心理学会という組織に日本の心理学業界を牽引するリーダーシップを発揮して欲しかったというところだと想像します。ただ,承前,日本心理学会は「日本の心理学者を管理統括する団体」などではなく「日本の心理学者が集うコミュニティ」なんだよね。だから,日心の対応なんか待たずに僕らは勝手にアクションすればいい。個人的にはそう考えています。


このアドカレへの個人的な想い

改めてなんかいろいろ言うのも大変な気がしてきたので,自分のつぶやきを並べてみます。

というのが僕の極めて個人的な思想というわけ。その背景には

みたいな理想の世界を考えているわけです。現実的な即時的な問題解決でなく,理想です。だから,被害者も,加害者も,この事案に巻き込まれた(あるいは自ら巻き込まれていった)人たちも,全員が同時に救われる方法を考えたい。

それでこんなオープンレターについての意見表明をする。

中略(スレッドになっているのでリンクを辿ってください)

それで現実的で創造的な自分の答えを導く。

というわけでこのアドベントカレンダーの企画につながりました。

このエントリーはあくまでも僕の個人的な視点で書いたものです。個別の出来事について,僕は内情がよくわからないし,違う見え方の人たちは当然たくさんいると思います。だから,このアドベントカレンダーの企画に投稿してくれる人も,このエントリーの内容に賛同してくれなくたっていい。

それでも,いろんな人たちの意見やものの見方が集まれば,今回の事案だけじゃなく,これからのハラスメントの対策について,もっと精緻で建設的な議論を醸成するたたき台の素材くらいにはなるんじゃないかなと期待しています。

みんなが安心して生きられる世界のために!

あ,オープンレターの勇者の投稿もお待ちしています!


クリスマスプレゼント

「アドベント・カレンダー」なので,フランク・シナトラとビング・クロスビーのクリスマスソングプレイリストを置いておきます〜!


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