5月8日 ゆびねぶり

初めに

5月8日午後9時より
私の別名義であるAVID4DIVA作の
五人台本『ゆびねぶり』が上演されました。

台本が私の手を離れ彼らの手で出力された際に
素晴らしい立体化が行われました。

自分で書いて自分で聞いて自分でまとめる、という
手前味噌三段活用のような企画なのですが
その出来が良く、大変嬉しかったので
今回はお話の骨子と共にレビューしてみたいと思います。

構造的な企図

『ゆびねぶり』の話のテーマは親子です。
実の親子、義理(渡世)の親子と
形は違えど都合三組の親子関係が出てきます。
シナリオそのものの結末はオチと言えるオチもなく
なんとも言えない投げっぱなしの話です。

このシナリオの構造的なテーマは怒号・罵声・暴力による高揚感の再現です。
罵倒したり恫喝したり絶叫したり哀願したりと
うっすいビールのように、味そのものよりも喉越しを味わうような
お話を意図しました。

ですので、声音の作り方、欧州のテンポ・リズム、各演者さんのテンションの差が
仕上がりを分けるシナリオだと思っています。

サラっとやりすぎると何だか訳がわかりません。
かといって丁寧にコッテリやりすぎるとスピード感が削がれて興醒めします。
相手のテンションとの差があっても無気力相撲になってしまうでしょう。

要は、ゆっくり人を殴る奴ってのはまず居ないわけでして
その点とても難儀なお話だなと思ってます。

また、役として東郷晴哉の疎外感が終始残る点が難所だと思います。

五人台本とはいいましても実際のところは四人と一人台本みたいな節があって
ガチガチに目詰めした四人の外で、話の進行を蹴っ飛ばす役割を担います。

緩急をつけるための指しゃぶりは、役者さんに裁量完全ぶん投げのト書です。
怒号罵声悲鳴の大騒動の幕引きもこの指しゃぶり。大変な役だと思います。
軽い嫌がらせみたいでしょ。ええ、そのつもりで書きました。

総評

前述を踏まえた上で、総評を書かせていただきますと
「何も言うことがない」

なんて書くとまぁエラそーですね!
通信簿じゃねえんだからさ。

でも本当に言うことがないのです。
言うことを考える間もないくらい没頭させていただきました。
本当に素晴らしい一幕だったと思います。

ああ、ここはこういう解釈・意図なんだろなとか、
そういうメタな観察はアーカイヴ視聴による二週目で初めて取り組みました。

初見は、ただただあっという間に時間が過ぎてゆきました。

全編通して特筆すべき点は
ヤクザモノに必須の高揚感とグルーヴ感が
ただの一度も損なわれていないこと
です。

途中、通信障害による事故が起きかけましたが
役者さんたちの一貫性と説得力で突き抜けました。
よしんばもっと深刻な事故になったとしても
昨日のグルーヴならそのまま押し切れたんじゃないかなと思ってます。

それぞれの好演は下記の通りです。

人見:アルコさんに関して

ストーリーテラーとしての比重が強い配役で
モノローグ(ナレーション)を一手に引き受けます。
ゆびねぶりでの屋台骨となるキャラクターです。

この、人見のモノローグが間抜けになってしまうと
お芝居全体のテンションを保てなくなってしまうんじゃないかなと思っています。
そう言う意味でめちゃくちゃ大事です。

アルコさんのお芝居は最初から最後まで真剣そのもので
しっかりと話を進めて話の描写を助けながらも
お話の緊張感を失わせない力強いものだったと感じます。
単なる場面説明ではなく一人芝居として回してくださいました。

全体的に競り出てくるようなテンポ感でやってくださったのが
功を奏したのかなと思っています。

ブレーキをかける点はしっかりかけますが要点以外はかけない
スリルあふれるテンポキープでした。

盆暗の次にしょうもねえのは間抜けってもんよ、おおぅ!

北野:油男さんに関して

昭和初期の極道があんな感じだったかどうかはわかりませんが
リアリティが圧倒的でした。

テンポ、息遣い、声音の切り替え、間の詰め方、
どれもこれも素晴らしいモノでした。

個人的に一番ツボをつかれたのは、息を呑むような音の止め方。
いかにも任侠!THE男って感じでたまらなかったです。

北野の役回りは人見に続いてお話の主軸を支えるものなので
こちらもともすれば説明臭くなってしまう恐れがあります。

しかし、油男さんは迫真に迫る演技の中で
その作用をごく自然に果たされておられました。

北野という男の所作・振る舞いが話を明らかにしていく、
キャラクターに息を吹き込まれたお芝居だったと思います。

深作:益荒男さんに関して

怒号・罵声・暴力による高揚を目的としたシナリオと言っても
完全にそれ一色になると不思議と効果は低減してしまいます。

このシナリオにおける緩急の緩をどうつけるか、という点が
非常に重要かつ難しい点だと思っています。

深作という道化を、ただのアヘアヘ盆暗おじさんにしてしまうのか。
逆に、男が出過ぎて人見と北野二人話を食ってしまうおじさんにしてしまうのか。

このあたりの匙加減がお話全体の印象を完全に決めてしまうと思っています。

益荒男さんが演じられた深作はとにかく懐が深かった。

主として道化を演じながらも、底恐ろしさと狡猾さを背後に湛えた
盆暗されど老獪なヤクザ者を演じられていたと思います。

仁義2からの引用させていただいた
例のオマージュも泣いて喜んでおります。

小夜:麻音さんに関して

非常に男臭いシナリオでの紅一点です。

声劇において、こと女性はどうしても女性然とした
立ち振る舞いや役回りを要求されてしまう傾向にあると思います。

小夜という役は、当シナリオだけでなくシリーズを通して
この辺の記号性から脱却したいという思いが根底にあります。
なので、ヤクザ者たちの怒号・罵声に混ざって
辛辣な言葉をぶつける立ち回りがあります。

情婦としての魔性の女っぷりを推して
感情を濡れるように出していくのか
腹に一物抱えた女の皮を被った何かを推して
感情をザラつくような具合に絞るのか
方向性が割と分かれる役です。

麻音さんは後者に近い選択をされたのでしょうか。
今回の配役バランスを考えると(個人的に)大正解だったと思っています。
脂っこい四人の男たちの中で
ノンシュガーの辛口女がしっかり立っていました。

全編で最も台詞の少ない役ですが
各場面ごとのトリガーを担う役だったので
出番ごとの集中力と緊張感は相応のものだと思います。
フラッシュのように、短い露出の間に強いお芝居をされていたと思いました。

東郷晴哉:たかはらたいしさんに関して

今作のジョーカー、東郷晴哉を演じられた
たかはらたいしさんのお芝居が実にお見事でした。

他四人がシリアスに固めてくる中で
一人だけ逸脱しなくてはならないという
1:4の構図が最後まで続きます。

かといって一本調子で一辺倒に狂気に徹すると
本当に1:4のままバラバラに進んでしまうため
ただの浮いたキ○ガイになってしまいます。

この配役に対して、たかはらさんは
狂気だけを強くするのでなく
様々な感情表現の振り幅を大きく設定することでバランスをとり
1:4の構図の中で東郷晴哉という一役の中に
複数の顔を描いておられると思いました。

オマージュ(パロディともいう)も機敏に汲み取ってくださり
単なるサイコな通り魔ではない、なんとも言えない
人間味と空虚さを伴った東郷晴哉に仕上がったと思っております。

指しゃぶりも奇声も単なる記号ではなくて楽器みたいでした。
聞いてみてください、マジで。

終わりに

およそボイコネには似合わないようなテーマと内容のシナリオです。
作った一番の動機は私が聞きたかったから。これに尽きます。
悪い意味でアドレナリンが出るお話っていいんですよ。とても脳にいい。

この一幕、前説の段階で成功を確信しておりました。
めちゃくちゃ肩の力が抜けて楽しそうだったんですね。
変に意気込むでも斜に構えるでもなく
あんたたちこれから飲みにでもいくのかい、みたいなムードでした。

こうなると、どんなアクシデントがあっても
突っぱねられるノリが出ると思ってます。
どんなミスやアクシデントも不思議と収集してしまいそうな安心感がありました。

予想通り、そういう雰囲気の中で始まった今回の上演は
とてもとても良いものになりました。

人見と北野のツーショット以降、シナリオは結末まで
ノンブレーキで加速します。
もう少し聞き手を意識した構成にした方が親切だと思うのですが
そうすると勢いと緊張感が保てなくなるという判断から
並行して台本を見ないとちと理解に苦しい作りにしてあります。

でも、昨日のは台本なんて無くても大丈夫です。
むしろ誰がどの役とかもわからなくても大丈夫です。

理解や整理は後ですればいいです。
筆者が企図した怒号・罵声・暴力による高揚は
居心地の悪い余韻と甘苦い哀愁と共にしっかりと成立しております。

ヤクザ二人とゴロツキと悪い女と晴哉は
しっかり舞台に立って各々指をねぶってパアパア鳴いておりました。

ご出演されました
アルコさん
油男さん
益荒男さん
麻音(まお)さん
たかはらたいしさん
に心よりの賛辞と感謝を申し上げます。

ありがとうございました。


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