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性別というイメージ

大人気少年マンガ「鬼滅の刃」の連載が、ついに終了となったようです。ようです、というのはわたしが単行本派でまだ完結を目にしておらず、ちょうど最新刊の20巻を読んでむせび泣いているところだからなのですが。(最終巻が出るまでネタバレは厳禁です!)

で、巷ではこの鬼滅の刃の作者である吾峠呼世晴さんが女性だということが話題になったようです。

あんな熱いパワーのある漫画を女性が描いていたというのは驚きでもあるのですが、主人公炭治郎の深い優しさは女性ならではのものかもしれないとも思ったり。

どちらにしても、素晴らしい作品を生み出すのに性別関係ないな、ということに尽きるのですが。

SNSの世界でも、顔が見えない同士でやりとりをしていると、相手がどこの誰なのか分からないままコミュニケーションをするというのは珍しくありません。

そうすると、発言の内容によって、相手を男性だったり、女性だったりというイメージが湧いてくることがあります。ずっと男性だと思っていた人が実は女性だったり、女性だと思っていたら男性だったり。

先日、テレビを見ていたところ、芸能人の台所チェックをして誰なのか当てるというコーナーがありました。ホコリひとつないリビング、美しい器に整理されたキッチン、冷蔵庫の中ですら隙のない整頓ぶりで、誰だろう?とさっぱり分からず。手元だけが映ると、手入れの行き届いたネイル。もともと芸能界にもさして詳しくないので最後の方まで分からなかったのですが、正解が出る直前、その人が誰なのか思い出しました(と言っても、名前が思い出せずホラあの人!なんて名前だっけ!ってなっていたのですが。お顔は思い出せました)

正解はGENKINGさん。パーフェクトな美容の徹底ぶりに、並の女性でも敵わないなぁこれは…と感心してしまったのですが。

何ができるできないということに関して、性別って本当に関係がないですよね。できる人はできる。男女に関わらず。

でも、その相手に感じる男性の印象や女性の印象って、どこからくるのでしょうね。究極的な話性別はどちらでも構わないですが、ちょっと面白いなと思いました。

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