4 『孫子』における戦争の遂行ー作戦次元

1 はじめに

 『孫子』における作戦次元を考察する。

2 戦争の短期終結

 戦争の経済的影響が大であることから、孫子は戦争の短期終結を追求するとともに、兵隊や糧食を遠征先の敵から取ることを求めた。

5 孫子曰わく、
 凡そ用兵の法は、馳車千駟・革車千乗・帯甲十万、千里にして糧を饋るときは、則ち内外の費・賓客の用・膠漆の材・車甲の奉、日に千金を費やして、然る後に十万の師挙がる。
 其の戦いを用なうや久しければ則ち兵を鈍らせ鋭を挫く。城を攻むれば則ち力屈き、久しく師を暴さば則ち国用足らず。
 それ兵を鈍らせ鋭を挫き、力を屈くし貨を殫くすときは、則ち諸侯其の弊に乗じて起こる。智者ありと雖も、その後を善くすること能わず。
 故に兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久を睹ざるなり。それ兵久しくして国の利する者は、未だこれ有らざるなり。故に尽く用兵の害を知らざる者ば、則ち尽く用兵の利をも知ること能わざるなり。
6 善く兵を用うる者は、役は再び籍せず、糧は三たびは載せず。用を国に取り、糧を敵に因る。故に軍食足るべきなり。
 国の師に貧なる者は、遠師にして遠く輸せばなり。遠師にして遠く輸さば、則ち百姓貧し。近師なるときは貴売すればなり。貴売すれば則ち財竭く。財竭くれば則ち以て丘役に急にして、力は中原に屈き用は家に虚しく、百姓の費、十にその七を去る。公家の費、破車罷馬、甲冑弓矢、戟楯矛櫓、丘牛大車、十にその六を去る。
 故に智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当たり、キ[艸己心]カン[禾干]一石は吾が二十石に当たる。
7 故に敵を殺すものは怒なり。敵の利を取るものは貨なり。故に車戦にして車十乗以上を得れば、其の先ず得たる者を賞し、而してその旌旗を改め、車は雑えてこれに乗らしめ、卒は善くしてこれを養わしむ。是れを敵に勝ちて強を益すと謂う。

3 必勝の態勢の構築

 戦争において短期で勝利するために、勝利できる態勢を構築してから敵と戦うことを求めている。逆の見方をすれば、戦闘における運や偶然に期待しないということでもあるだろう。

14 孫子曰わく、
 昔の善く戦う者は先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ。
 勝つべからざるは己れに在るも、勝つべきは敵に在り。故に善く戦う者は、能く勝つべからざるを為すも、敵をして必ず勝つべからしむること能わず。故に曰わく、「勝は知るべし、而して為すべからざる」と。
 勝つべからざる者は守なり。勝つべき者は攻なり。守は則ち足らざればなり。攻は則ち余り有ればなり。〔〔→守らば則ち余り有りて、攻むれば則ち足らず。〕〕善く守る者は九地の下に蔵れ、善く攻むる者は九天の上に動く。故に能く自ら保ちて勝を全うするなり。
15 勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり。戦い勝ちて天下善なりと曰うは、善の善なる者に非ざるなり。
 故に秋毫を挙ぐるは多力と為さず。日月を見るは明目と為さず。雷霆を聞くは聡耳と為さず。
 古えの所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、智名も無く、勇功も無し。故に其の戦い勝ちてたがわず。たがわざる者は、其の勝を措く所、已に敗るる者に勝てばなり。故に善く戦う者は不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は必ず勝ちて、而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む。

 勝利は、戦うべきときに戦い、戦うべきでないときに戦わないときにもたらされる。

13 故に勝を知るに五あり。
 戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じうする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御せざる者は勝つ。
 この五者は勝を知るの道なり。
 故に曰わく、彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず。彼れを知らずして己を知れば、一勝一負す。彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎に必らず殆うし。

 しかし、必ず勝てる態勢などどうすれば作ることができるのだろうか。孫子はそれについて2つの方法を示す。

4 敵の態勢ー敵を動かす

 一つ目は敵を動かすことである。そのためには「利」と「詐」を用いる必要がある。

22 故に善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必らずこれに従い、これに予うれば敵必らずこれを取る。利を以てこれを動かし、詐を以てこれを待つ。

 敵の利を奪うこともまた敵を動かす方法の1つといえる。

54 敢えて問う、敵 衆整にして将に来たらんとす。これを待つこと若何。
 曰わく、先ず其の愛する所を奪わば、則ち聴かん。兵の情は速を主とす。人の及ばざるに乗じて不虞の道に由り、其の戒めざる所を攻むるなりと。

5 我の態勢ー「無形」

 2つ目は我を「無形」とすることである。これは見えなくすることではなく、敵を騙すことで結果として自分たちにとっての有利な態勢をつくることである。
無形は敵を動かすための利や詐の一つとも言える。

26 故に〔善く将たる者は、〕人を形せしめて我れに形無ければ、則ち我れは専まりて敵は分かる。我れは専まりて一と為り敵は分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり。則ち我れは衆にして敵は寡なり。能く衆を以て寡を撃てば、則ち吾が与に戦う所の者は約なり。
 吾が与に戦う所の地は知るべからず、吾が与に戦う所の地は知るべからざれば、則ち敵の備うる所の者多し。敵の備うる所の者多ければ、則ち吾が与に戦う所の者は寡なし。故に前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なく、左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なく、備えざる所なければ則ち寡なからざる所なし。寡なき者は人に備うる者なればなり。衆き者は人をして己れに備えしむる者なればなり。故に戦いの地を知り戦いの日を知れば、則ち千里にして会戦すべし。戦いの地をしらず戦いの日を知らざれば、則ち左は右を救うこと能わず、右は左を救うこと能わず、前は後を救うこと能わず、後は前を救うこと能わず。
 而るを況や遠き者は数十里、近き者は数里なるをや。吾れを以てこれを度るに、越人の兵は多しと雖も、亦た奚ぞ勝に益せんや。敵は衆しと雖も、闘い無からしむべし。
28 故に兵を形すの極は、無形に至る。無形なれば、則ち深間も窺うこと能わず、智者も謀ること能わず。形に因りて勝を錯くも、衆は知ること能わず。人皆な我が勝の形を知るも、吾が勝を制する所以の形を知ること莫し。故に其の戦い勝つや復さずして、形に無窮に応ず。
 故に用兵の法は、十なれば則ちこれを囲み、五なれば則ちこれを攻め、倍すれば則ちこれを分かち、敵すれば則能[すなわ]ちこれと戦い、少なければ則能ちよくこれを逃れ、しからざれば則能ちこれを避く。故に小敵の堅は、大敵の擒なり。

6 有利な態勢を作りだすための「軍争(行進)」

 軍争は彼我の態勢を変化させる。迂直の計は我に有利な態勢を作るための方法である。

30 孫子曰わく、 凡そ用兵の法は、将命を君より受け、軍を合し衆を聚め、和を交えて舎まるに、軍争より難きは莫し。軍争の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為す。故に其の途を迂にしてこれを誘うに利を以てし、人に後れて発して人に先きんじて至る。此れ迂直の計を知る者なり。
 故に軍争は利たり、軍争は危たり。軍を挙げて利を争えば則ち及ばず、軍を委てて利を争えば則ち輜重捐てらる。是の故に、甲を巻きて趨り、日夜処らず、道を倍して兼行し、百里にして利を争うときは、則ち三将軍を擒にせらる。勁き者は先きだち、疲るる者は後れ、其の率 十にして一至る。五十里にして利を争うときは、則ち上将軍を蹶す。其の率半ば至る。三十里にして利を争うときは、則ち三分の二至る。是れを以て軍争の難きを知る。
 是の故に軍に輜重なければ則ち亡び、糧食なければ則ち亡び、委積なければ則ち亡ぶ。

 行進する上で重要なのは、行進経路上の諸侯の状況、地形の特性、地形上の利点を押さえることである。

31  故に諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。
32 故に兵はを以て立ち、を動き、分合を以て変を為す者なり。故に其の疾きこと風の如く、其の徐なることは林の如く、侵掠することは火の如く、動かざることは山の如く、知り難きことは陰の如く、動くことは雷の震うが如くにして、郷を掠むるには衆を分かち郷うところを指すに衆を分かち〕、地を廓むるには利を分かち、権を懸けて而して動く。迂直の計を先知する者は〔〔勝つ。〕〕此れ軍争の法なり。

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