30■ポチ69吉田茂は公職追放を免れ、鳩山一郎氏が公職追放とされたことを幸いに、総理の椅子に収まった。これが、安部暗殺の背景。自民党の内部闘争だよ!
CIAコードネーム『pochi-69・シックスナイン』は、吉田茂首相です。
植草一秀のブログ『知られざる真実』でも吉田茂だけでなく、白須次郎、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一、正力松太郎(CIAによるコードネーム podam)たちの売国行為が記載されています。また、故 鳩山一郎元総理と吉田茂の醜い確執について書いてありました。
◇植草一秀のブログ『知られざる真実』
正力松太郎は日本テレビ放送網を創設した人物であり、日本における原子力事業の創始者の一人である。
この正力松太郎がCIAのコードネームPODAMを保持していたことが明らかにされた。
テレビ網の活用は、3Sと呼ばれるスポーツ、セックス、スクリーンによって、人心が政治問題に関心を持たぬように誘導するための、いわば、権力の人心操作の重要なツールと位置付けられた。
東京地検特捜部は戦後の1947年に東京地検内に設置された隠匿蔵物資事件捜査部が前身である。
爾来、東京地検特捜部は米国CIAと密接なかかわりを持ち続けて現在に至る。
植草氏は、新しい吉田茂像を拙著『日本の独立』(飛鳥新社)に提示した。それが「対米隷属の父吉田茂」である。
そして、孫崎亨氏の新著『戦後史の正体』が、改めて日本の戦後史を対米隷属派と自主独立派のせめぎ合いを縦糸にして描き出したのである。
ここでも吉田茂は対米隷属派の筆頭として描かれている。
日本の敗戦後、最初の総選挙が1946年4月に実施された。この選挙結果を受けて鳩山一郎政権が樹立されるはずだった。
ところが、その直前、鳩山一郎氏は公職追放に遭遇した。
敗戦後の日本でGHQが主導した公職追放について、日本政府の窓口になったのが吉田茂である。
吉田茂は鳩山一郎が公職追放リストに載せられていることを知ったうえで、これを回避するための努力を一切行わなかった。
鳩山一郎氏が公職追放処分を受け、言わば、棚からぼたもちで、吉田茂が首相の椅子を掴んだのである。正確に言えば、首相の椅子を横取りするために、鳩山一郎氏の公職追放を促進したのだと思われる。
実は、当の吉田茂自身が公職追放リストに掲載されていた。
中国大陸に対する強硬姿勢を決定した1927年の「東方会議」に深く関与したことなどがその理由とされた。「東方会議」当時、吉田茂は奉天総領事の地位にあった。
吉田茂は、自分自身の公職追放リストからの除外にあらゆる手を尽くしたと見られている。
マッカーサー夫人に対して、花、リンゴ、トマト、メロン、桃などの付け届けをせっせと貢ぐなど、涙ぐましい努力を重ねたのである。
その結果として、吉田茂は公職追放を免れ、鳩山一郎氏が公職追放とされたことを幸いに、総理の椅子を手中に収めたのである。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=465&v=OoTl5-PPA00&feature=emb_title
みんなが騙された悪質なデマ _ 「御前会議」の内容を細大漏らさず、敵米国の駐日大使に通報していた、日本最大の売国スパイ=暗号名「ヨハンセン」とは吉田茂
ヨハンセン=吉田茂は、日帝が付けたコードネーム、CIAのものではない 2015年11月11日
白井聡氏「自民党はCIAに金をもらって始まった政党」「日本の戦後の政府は煎じ詰めればその本質は薄汚い傀儡」国会前抗議行動
#アンネの法則の山下安音です。私のライフワークは、平和学研究とピースメディア。VISGOのプロデューサーに就任により、完全成果報酬型の教育コンテンツと電子出版に、専念することになりました。udmyとVISGOへ動画教育コンテンで、世界を変える。SDGs3,4の実現に向けて一歩一歩