見出し画像

0498 - 【続の続】北半球料理のお店に行った時の話

t= 8 d= 2

更に前回のつづきの話。

注文したカレーは間違いなく美味しかったのだが、常に男性に監視されているかのような絶妙に緊張感が抜けない状況が続いたまま食べ終わった。お皿を下げつつ、男性の口からは「珈琲の準備をしますね」との言葉が。そう言われるまで、珈琲を注文したことをすっかり忘れていた。

程なくして戻ってきた男性の手には、豆を挽くためのミルが。見るからに年季の入った手動のものだ。僕の隣のテーブルにドンと起き、袋に入った豆をガラガラと注ぐ。細かい内容までは全く覚えてないが、「豆の産地」「焙煎」「挽き方」などなどのこだわり(ウンチク)を1つ1つ丁寧に聞かせてくれながら、ゆっくりゆっくりと手を動かして豆を挽いてくれた。

そして目玉である「ネルドリップのための布フィルター」を取り出した男性。これまた細かい内容は全く覚えていないが「なぜ布フィルターなのか」「紙と布の違い」「布だからこそ出せる味」などなどのこだわり(ウンチク)を1つ1つ丁寧に聞かせてくれた。この時は、手を完全に止めていて、ただただ男性の話を聞くだけの状況だったことはハッキリ思い出せる。

挽いた豆をフィルターにイン。お湯をゆっくりポタポタと垂らしていく。「最初にね、苦い部分がおちるんだよ。味が苦いから、ウチではその部分は省いて提供するんだけど、実は香りが最も良い部分でもあるんだよ」といった説明をしてくれたように思う。

言っていた通り、少しだけドリップして小さじ一杯にも満たない量の珈琲がおちたカップを僕の鼻に近づける男性。「どう?すごく香りが強いでしょ」と訊かれたが、そもそも珈琲の匂いがゼロの状態からスタートしているので、比較対象が無く、どんなレベルでも「強い香り」に感じてしまったのが正直なところ。素直に「はい」としか答えられなかった。同様に「ちょっと飲んでみて。苦味が強いから」と一口だけ飲んだが、やはりゼロ状態からのスタートなので「たしかに苦いです」としか答えることができなかった。

結局、珈琲一杯淹れてくれるのに、説明を交えながら20分近くかかったはずだ。ようやく目の前に出てきた、カップ一杯の珈琲。味自体は、当時の自分にとっては今まで味わったことが無い口あたりまろやかな珈琲で感激した。とてもおいしい。もちろん男性は、僕が飲む様子を隣で見守っていた。「ね、おいしいでしょ」と誇らしげに質問してきた。

お店に入ってここまでで、およそ1時間半が経過していた。相変わらず客は僕しかいない。そこから更に、男性が僕の隣のテーブルに座り「お話しましょうよ」モードに突入したため、結局3時間近くお店に滞在したように記憶している。帰り際「今度はぜひコースで楽しんでくださいよ」と言われ「はい、次回はそうします。また来ます」と返答してお店を後にした。

当時は東京暮らしをしていたこともあり、帰省したタイミングで行こうと思いつつ、つい忘れてしまい、残念ながら僕がお店に足を運んだのは、この時だけになってしまった。

男性のクセは強かったが、味は間違いなくおいしかった。少なくとも当時の自分の口には合ったし「なかなか食べられない味だな」と感激したのも確かだ。今もし改めて訪れることができたら、その後の自分の経験値を含め、あの頃とは違ったレベルで料理や男性の会話を味わえたと思う。

ともあれ、車で出かけた際に通った道や見かけた一画がトリガーとなって、このように過去の記憶が蘇ってくるのは素直に楽しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?