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0495 - マイアハ体験

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生まれてから高校を卒業するまでの18年間を地元(静岡県磐田郡浅羽町:現在は袋井市)で過ごし、その後20年以上を東京で暮らし、地元にUターンして間もなく2年。

単純に「長さ」で言えば「地元で暮らす長さ」と「地元を離れて暮らした長さ」は、ほぼ同じになるが、自分の中では「子供時代=地元」「大人になってから=東京」という認識が強い。

仕事柄、その日その日で出かけるエリアや方角が異なるのだが、車で走りながら、ふと「あ、この場所知ってる」と、数十年前の記憶が一気にドドドと溢れるように蘇ってくることが少なくない。

最近、とある場所を通った際に思い出したことを1つ。

幼稚園〜小学校低学年の頃、祖父母が自宅の敷地内で小さな工場を営んでいた。定期的に廃棄物を車に積んで地元のゴミ処理場(今で言うクリーンセンター)へ運ぶのに付いていくのが楽しみだった。

まず入り口受付で車の目方を量り、奥へ進んだ広い空間にゴミを放り投げて処分する。帰りに再び車の目方を量り、減った差分で決まる処分料金を払って終了。子供ながらに「帰りに量る時に自分が重くなっていれば、少し安くなるかもしれない」と思い、毎回思い切り空気を吸い込んで息を止めていたりした。もちろん効果などあるわけもないのだが、当時の自分はそんな現実には気づくことなく、行く度に「空気を吸う→息を止める」行為にチャレンジしていた。

ゴミ処理場を出た後は、北へ向かって走り、JR東海道線本線(在来線)と東海道新幹線の線路が並行している場所で電車を見せてくれた。タイミングが良ければすぐに、長くても20分ほど待てば電車が通る。目の前を走る電車に向けて祖母と一緒に手を振っていたことをハッキリと思い出せる。

そこから、家に帰る道中にあったゲームセンターにいつも立ち寄り、自販機で売っているハンバーガーを買ってくれるのがお約束な流れだった。電車を見るのも楽しいが、祖父母と出かける最大の目的がハンバーガーだったのは間違いない。

まだ「ゲームセンター=不良の溜まり場」という印象が強かった時代。自販機は入り口からすぐの場所にあり、ゲームが並ぶ薄暗い奥へは足を踏み入れたことが無かった。たぶん祖父母に「あっちへ行っちゃダメ」と止められていたのだと思う。

自販機から出てくる箱に入った熱々のハンバーガー。それを帰りの車の中でほおばり、ちょうど食べ終わるくらいのタイミングで家に到着していた。きっと実際は何てことないハンバーガーだったのだろうが、当時の自分には特別すぎるおやつだった。

しばらくしてゲームセンターは閉店し、その後は(現在も)小さな自動車整備工場として稼働している。

こんな感じで、チラッと通った場所がトリガーとなり、子供の頃の記憶が蘇ってきて現在との違いを楽しむ「マイアハ体験」が、自分の中で最近のブームと化している。

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