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空港にて

空港の受付で働く夢を見た。働くのが夢だったのではなく、働いているという夢を見た。昨夜の話だ。

実体験として飛行機に乗ったのは人生で1回きりだし、そのころの記憶なんてもう薄れて無いに等しい。だからディテールはひどくいいかげんに改変されている。銀行のカウンターみたいな区画があり、そこで係員と乗客が一対一で料金のやりとりを行う。

私の元へやって来たのは共に50代前半くらいの夫婦だった。飛行機代を金券で支払いたいという。ルール上は特に問題ない(ことになっている)のでOKを出すと、男性のほうが三井住友銀行の分厚い封筒を卓上に置いた。どうやらその封筒に金券が入っているらしい。

「失礼します」封筒を手元に引き寄せて、口を綴じてあるホチキス針を外す。中には大量の金券といっしょに、額面と枚数を一覧にまとめた紙も入れられていた。これは助かるなと思いながらも、念のため金券を目視で確認していく。

金券は金券ショップなどを使い慣れている人が「金券」と聞いてイメージするような代物ではなく、むしろ金券を触ったこともない人が安直にイメージするような、本当にただ「金額の書かれた券」だった。フォーマットにも決まりはなく、券の大きさもまちまちである。しかし必ずどこかには額面が明記されているので、それを血眼になって探す。発行された日付や謎のシリアルナンバーなど、しばしば無関係な数字が併記してあり惑わされる。

1180円×10枚と付箋の貼られた、輪ゴムで束ねられた金券を確認すると、1040円の券が数枚混入していた。1180円券はおおむね映画館の半券に似た形で、アルファベットと数字3桁の組み合わせが金額のすぐ上に赤い判子で捺されていた。指定席番号だろうか。

「額面が違うようなので改めて数えていきます。ご一緒にご確認ください」そう告げて顔を上げると、さっきまで50代に見えていた夫婦は、同一人物と判断して間違いなさそうな印象を残したまま二人とも10歳近く若返っていた。夫婦は軽く頷いただけで言葉は発さなかった。

山積みの金券の一つ一つを確認しながら合計額を計算しなおす。額面も1000円未満が大半を占め、数字を細かく刻んでいく。もともと決まった様式をもたない金券の種類はどんどんフリーフォーマット化を極めていき、ついに手書きのものまで現れた。「シンハービール350円」これは金券ではなく割引券じゃないのか? 「かたたたきけん1かい100えん」これで飛行機に乗れるのか?

しかし今はそんなことを問題にしている場合ではない。フライトの時間は迫っている。一刻も早く合計額を算出し、不足分があるならそれを現金で請求しなくてはならない。合計額さえ合っているなら割引券だろうが食券だろうが構わないとさえ思った。

手元には一応、電卓が用意されている。単純な足し算の連続は注意力を怠らせる。240と入力しなければいけないところを、誤って20としてしまった。こうして文字にすれば差額220をあとから足すだけで事足りるとわかるのだが、間違えた焦りもあって咄嗟には暗算ができなかった。20の入力だけを取り消すつもりで「C」のキーを叩くと、さっきまで5桁はあったはずの画面表示が0になっている。

桁数だけなら覚えているが具体的な数字まではわからないので、初めからやり直さなくてはならなくなった。夫婦(さっきよりも更に若返っていて学生カップルに見える)のほうを盗み見ると、こちらには視線を向けておらず、なぜか二人で一冊の雑誌を黙読している。今ここで数え直すのは色々とまずい。ミスしたと思われたくない。強い保身の気持ちが働いて、構わず0の上から計算の続きを入力した。

画面には現在、3桁の数字が表示されている。今この検算に意味はあるのだろうか。金券の単価と種類はどんどん粗雑になり、ついには30円の記念切手が混ざり始めた。このまま足し算を続けて、もとの5桁台まで戻れる時は来るのだろうか。そもそも飛行機の料金はいくらだったのか。何もかもが曖昧になりながら電卓のキーを一心不乱に叩き続けた。

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