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うたた寝と労働

昼寝と呼ぶにはやや遅い、17時から20時の間にウトウトとして眠ってしまった中で見た夢。支離滅裂な部分もできるだけそのまま、覚えているとおりに書き起こしてみようと思う。何らかの深層意識に気づけるかもしれない。

* * *

知人のFさんから楽なバイトがある、と唆されて参加することにしたのだった。時給1200円。現場仕事なので早く終われば早く解散になるけれど定時までの時間分は保障される。やることは主に、地面に盛られたセメントを鉄製の大きなトンボで均すことと、100均の靴をきれいに並べ直すこと。どちらもWiiとかのミニゲームでリリースされていそうな単純作業だった。

規定により車で出勤せねばならなかった。なぜかレンタカーが支給され、3人1組で現地へ向かう。僕は18歳の夏に運転免許を取り、18歳の冬に接触事故を起こして以来いっさい車に乗っていないので拒否したかったのだが、あとの2人が免許を持っていない…のなら納得できたのに2人とも「エヘヘヘヘ…」と曖昧な笑い方でずっと誤魔化し続けてくるので仕方なく自分が名乗り出る羽目になってしまった。

久しぶりに運転する車は全く自分の身体感覚にそぐわなかった。なによりブレーキが効かない。ハンドルを引き抜くほどの勢いで持ち上げながら、その反動を利用して足を延ばせる限界まで伸ばしてブレーキペダルを踏みつけ、それでようやく10km/hくらいまで減速する。そんなはずはないと思いながらも、車の運転が久々すぎてブレーキってこんな難しいんだと納得してしまっている自分もいた。

「おもしろい格好で運転するよね」

後部座席のFさんが事も無げに言う。ぎりぎり追突寸前のタイミングで信号が青に変わるおかげで奇跡的に一度も事故らずに済んでいるだけなのに、そのことを全く理解していない表情なので少し腹が立った。

仕事場所に到着し、ほとんど説明らしき説明を受けないままトンボを手渡される。てっきり道路工事なんだと思っていたら、どうやらセメントはすべて美大生の展示物らしく、均された状態で固まることにより作品としての形が確定するのだという。そんな大事な工程をバイトに任せるなよと思う。

仕事が始まると、背後の空間が溶けて消えていく。おそらく夢に特有の不条理現象で、なぜそうなるのかは全然わからないのだが、とにかく強制スクロールのように前へ進むことを余儀なくされる。セメントは地面の上、チョークで引かれた約60cm四方のマス目にこんもりと盛り付けられており、それをトンボでマス目一杯にまで引き延ばさないといけない(マス目からはみ出してはいけない)。意外と精密さを要する作業のわりには、強制スクロールのせいで1つあたり2秒程度で終わらないと背後の空間に呑まれてしまう。空間に呑まれるとどうなるのかは誰にもわからない。Fさんは後ろからついて来ているはずなのだけど、とてもじゃないが恐ろしくて振り返ることはできない。走る。

地ならしエリアを抜けると次の仕事、100均の靴を揃える仕事に向かう。イントレ(鉄骨)で組まれた足場の上に並んだ大量のガラス製の棚。とてつもない不安感を煽るシチュエーションの中、ガラス棚には大小さまざまな靴が並んでいた。スニーカー、ブーツ、ハイヒール。到底100均に売られているとは思えない豪華な靴もある。それらが乱雑に、まるで大家族の玄関先のように散らばっている。
もしかしてこれは「大量にある靴の中から100均の靴だけを選んで綺麗にそろえる」という作業なのではないかと不安になった。当然ながら靴に値札はついていない。マニュアルはどこにもない。とりあえず安物っぽい靴だけをピックアップして並べなおし、その場を後にした。

仕事を終えて外に出ると時間はいつのまにか夜で、中学校のサッカーグラウンドみたいなだだっ広い場所にぽつんと立っている。帰ろうかと歩き始めたところで背後から肩をポンと叩かれ、振り返るとFさんである。

「入口のところでシャツ、裏返しに着てたよね? ああいうのやめときな。書道部の人たちは敏感だから、すっ飛んでくるよ。注意しないと」

半分咎めるような、半分諭すような口調。説教されていることは理解できるが内容に全く心当たりがない。シャツ? 書道部? さっきまでの仕事とは全く関係がなく、しかし「説教されている」という現象だけが真っ直ぐにこちらへ浴びせられてくるので、とにもかくにも自分が悪いような気持ちになってくる。

「じゃ、俺はサウナのほうだから」

家が新宿方面だから逆方向だねみたいな言い方でそれだけ告げると、Fさんは(いつの間にかタンクトップ姿になっていて)バスタオルを振り回しながら颯爽と立ち去った。遠く小さくなっていく背中を街灯がうっすら照らし出して、反射のせいでひときわ目立つタンクトップの白を僕はいつまでも見送っていた。

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