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編集後記にかえて

「視点」という、たぶん演劇業界であんまり聞いたことのないセクションで一昨年(!!)から約1年6か月にわたって追い続けてきたアガリスクエンターテイメントの舞台「かげきはたちのいるところ」。その全貌を余すことなく収録したBlu-rayがとうとう発送開始したそうで、事前に予約していた人のお手元には早ければ今日にでも届くんじゃないでしょうか。もしかしたら、すでに届いた状態でこれを読んでいる人もいるかもしれない。

さて、当初2021年内を謳っていたディスクの発送が翌年2月にまで遅れてしまったことをまずはお詫びします。僕は劇団員じゃないので、ほかにもあったのかもしれない色んな事情までは詳しく知らされていないんだけど、遅れた原因の少なくとも一部分は間違いなく僕の領域で起こった出来事なので。

最初にオファーをもらった2020年1月の時点では、こんなふうに延期したり、結果として1年がかりの大プロジェクトに発展するなんて事態は予想もしていなかった。ので、言葉を選ばずに言うなら「安請け合い」をしてしまったな…と今では思う。長くても3か月程度で終わると思っていたし、最終的な出力先がBlu-ray(それも「視点」だけで1枚分のデータ容量を占めている)になることも完全に想定の外だった。

今後よその劇団が「視点」制度を導入する可能性が万に一つでもあるとしたら、「よいこはまねしないでね」の観点から自分の映像編集スペックを開示しておきたいと思う。

CPU:Intel Core i5-3470
グラフィックボード:非搭載
モニター最大解像度:1280x1024
使用アプリケーション:AviUtl
メモリ:4GB(さすがに限界だと判断し途中から8GB追加)
PC知識:具体的に上記スペックの何が駄目なのか完全には理解してない程度

いや本当に、よい子は生半可な気持ちで真似しないほうがいい。自分としては「情熱と努力さえあればこんな脆弱な環境でもドキュメンタリーが撮れるんだぜ」的に誇る気満々で挑み、一定の成果をあげられたことについては今でも誇りに思っているものの、マシンパワーなんてあったらあっただけ良いに決まってる。Blu-rayが要求する解像度は1920x1080なのに、そのための映像を編集するディスプレイが1280x1024は今考えると笑ってしまう。編集中は常に2/3以下に縮小された映像とにらめっこを続けていたわけで、よくもまあ、という気持ちだ(そもそも完成したBlu-rayを再生できる装置自体わが家には存在しない)。ちょっとでも高度な編集ツールを使うと途端にフリーズしそうになるため、映り込んでしまった個人情報や車のナンバープレートを隠すモザイク処理の位置調整などは全フレーム手動で行っている。1回3時間以上かかるエンコードを放置して眠りにつくあいだ、改造ハーレーのような異音とともにパソコンが黒煙を吹き上げる悪夢に何度もうなされた。

それでも撮影した「素材」たちに関しては絶大な自信をもってお届けできる。最初の打ち合わせで冨坂くんは「たとえ稽古場の雰囲気が最悪になっても、創作が行き詰まっても、われわれにとって公開されたら不利になるような出来事が起こっても、それがドキュメンタリー的に『面白い』と判断したなら使ってください」と言ってきた。まあ、さすがに怒号が飛び交う稽古場なんてものは隙あらば笑いを希求するアガリスクとは無縁なので、こちらがいくら求めたとしてもヤラセじゃない限り撮れやしないだろうと思っていたけど、でも舞台上の「演技」とは離れた場所で見せる複雑に入り組んだ喜怒哀楽の感情や迷い・戸惑い・暗中模索、そういった要素に関しては十分すぎるくらい詰め込めたものと自負している。なにより2020年1月時点では影も形もなかった「コロナ禍で劇団が取った選択」という裏テーマがこんな、たまたま稽古場でカメラを構えてみたタイミングで否応なしに食い込んできたのは、ちょいと悪戯が過ぎるぜ偶然という気もしなくもないけれど。

まあ、ここで僕がごちゃごちゃ能書き垂れるより、届きしだい現物を確認していただくのが一番手っ取り早い。そして現在、買うかどうか迷っている方のために僕から見どころを一つ挙げさせてもらうとすれば、それはアガリスクエンターテイメントが「冨坂友という一人の天才の力で成り立っている劇団」では全然ないという点に尽きる。プロデュース公演でも一回限りのユニットでもなく「劇団」であることの、継続を前提とした知恵と技術の集合体であることの意味を、この1年間で僕はカメラ越しに幾度となく体感してきた。

Blu-rayの普及率って実際のところそれほどでもないし、物理的に見ることが叶わない人たちのためにも、いつかきっと生コメンタリー付き上映会をやりたいものですね。

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