お月さまと詰将棋

 三歳半になるうちの長男は、いつも一日中外で遊びまくっているヤンチャ坊主だが、本を読むのも好きで、毎週一度は近所の図書館へ行って、絵本をごっそりと借りてくる。そこでわたしも息子につきあって、一緒に絵本を読むことになる。そうして出会ったのが、絵本作家として有名な、今年来日したこともあるエリック・カール『パパ、お月さまとって!』(偕成社)だ。
 息子もわたしもすっかりこの本が気に入ってしまい、何度も何度も読んでいるものだから、息子はほとんど文章も憶えていて、「あるばん、モニカがベッドにいこうとすると、まどからお月さまがとてもちかくにみえました……」と始める。
 モニカという女の子は、お月さまと遊びたくて、「パパ、お月さまとって!」と叫ぶ。
 この絵本は立体式になっていて、次のページを大きく横にひろげると、「そこで、パパは、ながーいながいはしごをもってきました」というところで、ほんとうにながーいながい梯子が出てくる。
 さて、モニカのパパは、その長い梯子を高い山のてっぺんにたてて、梯子をどんどん昇っていき(ここでページは縦に伸びる)、お月さまにたどりつく。そこでそのページをまた大きく縦横にひろげると、そこには大きな大きなまるいお月さまが現れるのだ。
 でも、そんなに大きなお月さまは持って帰れない。そこで、三日月になるのを待って、パパはお月さまを持って帰り、モニカにプレゼントとして渡す。そのあと物語にはすてきなエンディングが付いているのだが、それは興味のある読者に自分の目で確かめていただこう。
 この本に出会ってから、夜になるとわたしはときどき息子を肩車して、ベランダから一緒にお月さまを眺める。
「お月さまはどこ?」
「あそこ」
「違うよ、あれはね、街灯というの。ほんもののお月さまは、ほら、あそこ。きれいな満月だろう」
「マンゲツ……。あっ、お星さま、あそこにあるよ」
 この絵本を読むたびに、なぜかわたしの胸が締めつけられるようになり、うっかりすると涙まで出そうになるのは、どうしたわけか。それはきっと、手のとどかないところにある美しいお月さまを、長い梯子に昇って取ろうとする、その幻想に共感するからに違いない。
 わたしたち詰将棋作家は、夜になると盤に向かい、お月さまを取ろうとする。美しい光に満ちているような詰将棋は、そうして地上に持ち帰られた月に他ならないのだ。

(初出:1993.1 将棋世界 詰将棋サロン解説)

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