世話噺詰将棋巷談

 森毅の対談集『世話噺数理巷談』(平凡社)を読んでいて、びっくりしたことがある。森毅とは、数学者で京大名誉教授というエラいセンセーだが、むしろそういう肩書よりも「一刀斎」と異名をとる評論家として有名である。
 この本は浅田彰がプロデュースしたもので、一刀斎本のなかでも上位に属するおもしろさなのだが、そのに芥川賞作家の森敦(故人)との対談が収められている。そのモリ・モリ対談で、いつのまにか詰将棋の話題になって、次のようなエピソードが語られるのだ。

 いま詰め将棋とおっしゃいましたが、信州の飯田という所に行って講演したときに、その講演会をやった人が、帰りがけに、「ちょっと自己宣伝をさしていただきます」と言うんですわ。自己宣伝って何かなって思ってたらですね、詰め将棋の評論家だって言うんですよ。
 ほほう。
 詰将棋というのは、いろいろ凝って作るらしいんです。それで「何ですか、詰め将棋って言うのは?」と聞きましたら、「一言にして言えば想像力だ」って言いましたね。今までのいろんな名場面を知っててやるんじゃないんだと。そういうことを僕は聞いたんですけどね。それで何かね、芥川賞みたいなもんがあるらしいんですよ。
 何か千手ぐらいかからないと詰まらないとかいうのをつくると賞をもらえる。

 詰将棋の評論家とは驚いた。わたしも含めて、詰将棋について文章を書いている人間は多いが、どう考えても評論家と呼べそうな人はいないからだ。しかし、「詰将棋とは何か?」という質問に対して、「想像力だ」と小説家に向かって答えたのは、ウーン、凄い、なかなか普通の人間に言える言葉じゃありませんよ。この人、ひょっとしたらほんとに「評論家」なのかも知れない。それにしてもこの謎の人物はいったい誰だろう。お心あたりの方は是非名乗り出て下さい。
 ところが、この話の先を読んで、わたしは二度びっくりした。

 理学部の学生で、前、高校のときから有名だったというマニアの子がいて、数学に行ったんだけど、数学より詰め将棋のほうが面白くて、そっちに行っちゃったという……。
 いやあ、それのほうに行ったほうがいいですよ、その人は。

 「その人」は、今こうして詰将棋サロンの解説を書いています。

(初出:1992.4 将棋世界 詰将棋サロン解説)

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