連載「記憶の本棚」 第16回

画像1

 ロバート・エイクマンの短篇集『奥の部屋』が、ちくま文庫で復刊された。この綺譚作家を愛する者にとっては近来の快事だが、この際ついでに、エイクマンの先達で、昔風に言えば「朦朧派」の作家ウォルター・デ・ラ・メアの短篇集『恋のお守り』を思い出しておきたくなる。
 わたしがデ・ラ・メアを初めて知ったのは、怪奇幻想マニアの誰もが通る道で、創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』で「シートンのおばさん」を読んだときだった。短篇集『恋のお守り』は、訳者の橋本槇矩さんが編んだ日本版オリジナルの選集で、一九八一年に旺文社文庫から出た。今わたしの本棚を見ても、旺文社文庫はごくわずかしかない。どれも地味と言えば地味な装丁で、あまり手に取る気が起こらなかったせいだが、その旺文社文庫の中で『恋のお守り』は突出した一冊に映る。旺文社文庫は一九八七年に休刊となり、消えるのが惜しいと思われたものはあちこちの文庫に拾われることになったが、『恋のお守り』もそうした運命をたどった一冊で、一九八九年にちくま文庫で復刊されている(現在は品切れ)。しかし、もし古本を求めるのなら、旺文社文庫版を探してみてはどうだろうか。
 『恋のお守り』が美しい本になっている、その一つの理由は、訳者のセレクションにある。デ・ラ・メアが出した八冊の主要な短篇集からほぼ万遍なく選んでいるという気の配り方、「クルー」「オール・ハロウズ大聖堂」というデ・ラ・メア短篇の定番とも言える二作の他はあまり知られていない作品を揃えるという配置の妙など、まったくアンソロジストとしてはうらやましいかぎりだ。そしてまた、言うまでもないことだが、訳文が美しい。
 わたしたちの現実が得体の知れないものと接触するというエイクマンの作品世界に対して、デ・ラ・メアの作品世界は最初から独特の黄昏色に染められた世界である。表題作の中に出てくる「ぼくたちはみんな、君もぼくも幽霊なんだ」という印象的な言葉を借りれば、デ・ラ・メアの短篇はどれも幽霊が出てこない幽霊小説のように思えてくる。訳者に言わせれば反射光の、そして金井美恵子に言わせれば微熱の作家であるデ・ラ・メアによる、夢と現実のあわいにただよっているようなこの短篇集が、今は書店から消えた状態になっているのは、もしかするとふさわしいことなのかもしれない。

(初出:2016.4 本の雑誌)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?