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春の彼岸⇔六波羅蜜(2/6持戒~6/6智慧)

六波羅蜜の解説-持戒~智慧波羅蜜

(仏教の学びのメモより一部転載)

2/6-持戒(じかい)波羅蜜

持戒波羅蜜

持戒とは、
身を慎むことを表した言葉です。

仏の教え(戒め)をよく守り、
人間らしい正しい生活をすることを説かれ、
それを表しているのが「持戒」とされる。

また、
布施を行なうことにより
自らの気持ちの中に生まれ、
ややもすると驕り高ぶる。

そうになる気持ちを慎み布施を
させて戴けたそのこと自体に
感謝できる心に成ることが大事
であるを説かれたのが
持戒の教えとも解釈出来る。

3/6-忍辱(にんにく)波羅蜜

仏教では、
様々な苦難や他者からの迫害に
耐え忍ぶことを忍辱と言います。

この忍辱とは、
他に対して寛容でありどの様な
困難をも耐え忍ぶということです。
持戒によって歯を食いしばって
教えを守ると言う単なる忍耐と
言うことではなくそこに寛容さを
兼ね備えることが忍辱の教えです。

キレ易くなっている現代の人間には、
特に必要な自制心であると思います。

なお、定かではありませんが、
ニンニク」と呼ばれている食物は、
この忍辱が語源とも言われています。

4/6-精進波羅

精進とは、
たゆまず純粋に努力すること。
一時的な持戒や忍辱ではなく、
一心不乱に継続して努力する
ことが精進の本来の意味です。

この精進ですが、「精」という言葉は
「混じり気のない」という意味です。

例えば、仕事でも修行でも、
意識や活動に何らかの混り気が
あっては精進とは言えないのです。
目標に向かって、ただ一筋に進んで
行くことこそ精進なのです。

時には、
一生懸命にの一念(心)で何らかの事に
当たっても結果が得られない場合や
逆の現象が出たり、外部から水を
注されたりすることがあります。

そう言うものは、
大海の表面に立った細波のようなもので、
やがて風が止めば消えてしまいますので、
多少の困難は自分を試す幻に過ぎません。

これは八正道の正精進と同じ事です。
この精進波羅蜜は、
別名、毘梨耶波羅蜜(ビリヤハラミツ)と言い、
懈怠(ケタイ)の心を対冶して、身心を精励して、
他の五波羅蜜を修行することです。

5/6-禅定波羅蜜

心の動揺・散乱を対冶して
心を集中し安定させ真理を思惟すること。
禅定波羅蜜の「」とは「静かな心」、
「不動の心」という意味です。
」は心が落ち着いて動揺しない状態です。

ただ一生懸命に精進するばかりでなく、
静かな落ち着いた心で世の中のことを
ジックリと見るそして考えることが大切。

そうすると、物事の本当の姿が見えます。
そして、それに対する正しい対処・対応、
適切な処置の方法も解ります。

その正しいものの見方、物事の本当の姿を
見分ける力が次に掲げる第六番目の智慧です。

この智慧がなければ、結局の処、
人を救うことは出来ないと言う教えです。

6/6-智慧波羅蜜

一切の諸法に通達し、
愚痴の心を対冶し迷いを断ち、
真理を悟ること、または、
諸法の究極的な実相を
見極めることを言います。

例えば、
現代のように世の中が混沌としていますと、
困っている人に、 前後の考えもなく、
相当のお金を恵んでやったとします。

ところがその男はバクチ好きだったとしたら、
これ幸いに、そのお金で、パチンコ、競馬、
競輪等々で与えられたお金をすぐに
使ってしまうこととなってしまいます。
そのために、救うことができず、
人に甘えて社会的努力をしない
ダメ人間を作ってしまう事となります。

このように、布施も、
本当の智慧をもってしなければ、
折角の慈悲の心も有効な働きを
しないばかりでなく返って
逆の結果になってしまいます。

前記は極端な例えですが、
世の中にはこれと似たようなことが
大小無数にあるものです。

このように、私達が人のために
役立つとか、人を救う、貢献すると言う
立派な行ないをする場合にこの智慧は
絶対に欠くことのできない条件です。

以上の6つの波羅蜜を知り理解するために
彼岸の期間に自分と真摯に向合いましょう。

🔴大局的に日本人らしさを捉える

日本のおもてなしを学ぶ中で、
日本人として大切な心とも言える
日本の様々な風習文化にこのような
深い意味を人生後半に知りました。

目先のことに追われそれに対処する
日々を過ごしているとどうしても
物事を大局として観て捉えることが
出来なくなってしまうものです。

高校時代、舞台照明をしていた時に
舞台で演じられていることを観客となり
観戦してしまうと、スポットライトが
上手く操作出来ないことと同様です。

今、社会で起きている様々な事象を
目先の小事(小局)?=生活に追われ
冷静に大局的に捉えられない社会風潮
があり、それが日本人の特質と和の心を
大局的に観れず大切な『日本人の誇り』や
伝統文化』への心眼がぼけてしまう原因
となり、日本人らしからぬ様々な出来事や
モラル欠如、事件犯罪を起こす要素となり
私達の心の格差、生活の格差を生んでいる
のではないか?と私見ながら思います。



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