MMTに騙されるポイント

来日していたMMTの教祖ビル・ミッチェルのブログ記事に、MMTの前提と現実との違いが示されている。

MMTの宣教師たちは、国家(政府)が独占的な通貨発行者であり、民間部門が納税や経済活動に通貨を用いる前に政府の通貨発行・民間への供給が必要だと主張する。

So MMT educators start with the proposition that a sovereign government is never revenue constrained because it is the monopoly issuer of the currency.
That means that it has to spend the currency into existence before the non-government sector can do anything with it, including paying taxes.

現実には民間銀行も信用創造によって預金通貨を発行しているが、納税するためには政府が中央銀行に供給させる現金(中銀預け金を含む)が必要なので、政府が「マネーの支配者」である事実は変わらないとしている。

But, of course, once we layer the analysis and allow private banks, for example, to create credit, then it follows that I can still pay my taxes with cash borrowed from the bank, quite apart from government spending. 
While the banks can loan me the funds to pay my taxes, they can never generate reserves to clear the transactions if there is a shortfall. That is the unique capacity of the government via its central bank.

しかし、この主張がMMTが現実を説明していないことを明らかにしている。

MMTでは中央銀行が発行する現金は「政府の支出」だが、現在の通貨システムでは「預金通貨と交換される決済専用の金融資産」である。「政府の支出」であるようにも見えるのは、現金の裏付け資産として主に国債が用いられるためだが、それは『日本銀行百年史』第五章「高度成長下の金融政策」にあるように、国債の流通量が十分になったためで、国債が乏しければ「金・外貨」や「地方債、金融債、電力債」など別の高信用度の資産が用いられる。財務諸証券が主な裏付け資産のアメリカでも、リーマンショック後にはMBS Purchase Programが実施された。

「商業銀行は貸出しにあたって預金通貨を造出」するが、「その流通過程で、そのうちの一部分は、現金――中央銀行における預け金と銀行券――で引出されていく」。その場合、中央銀行が現金を供給するルートは中央銀行の、①対政府信用増、②金・外貨の取得、③対民間信用増ということになる。このうち、①のルートについて「アメリカやイギリスでは、中央銀行の公開市場操作」という形で行われているが、「この方式が可能であるのは、多くが過去におこなわれた財政インフレーションの賜もの」である。
昭和38年(1963年)5月の金融制度調査会による「オーバー・ローンの是正に関する答申」は既述のとおり新金融調節を高く評価したが、同時にこの措置の効果を十分に発揮させるためには、今後の検討・改善にまつべきものも少なくないとした。その具体的事項についての叙述を要約すれば次のようなものであった。
金融機関が政府短期証券を保有していない現状では、オペレーションの対象銘柄として長期国債、政保債、地方債、金融債、電力債を選ぶのはやむをえないが、「現在のオペレーションが、将来、本格的なオープン・マーケットオペレーションに発展していくためには、政府短期証券を中心に行われることが望ましい」。

MMTは、国債が現金の主要な裏付け資産になっていることを、現金が政府支出によって発行されているとすり替えて理論体系を構築しているのである。そもそも、現在の通貨システムは民間銀行が帳簿上で発行するマネー(book money)をやり取りするネットワークが起源で、政府は後からネットワークに参加した通貨の利用者であって発行者ではない。中央銀行も銀行間決済の円滑化・安定化のために出現したもので、政府の造幣・発行部門を独立行政法人にしたものではない。

ミッチェルは日本銀行と財務省が緊密な関係にあることや、緊急時には日銀が政府に直接資金供給できる制度になっていることを、事実上の統合政府が実現している証拠と言いたいようだが、むしろ、平時には政府は民間から資金調達しなければ支出できない証拠である。

現在の主要国の政治体制が国家権力の暴走を防ぐために三権分立を採用しているように、通貨システムも政府の通貨発行権濫用を防ぐために「民間から税または国債発行で資金調達した範囲内で財政支出する」仕組みが採用されている。MMTはこれを「無意味な人為的制約」だとしているが、安全装置の意味を全く理解していないことになる。

MMTの信者の多くは、「国債残高それ自体は問題ではない」「政府はインフレ率が低い間は国債を増発して財政支出を拡大できる」という主張に引き付けられたのだろうが、この主張は現実の通貨システムを理解すれば必然的に導かれることであり、MMTが正しい証拠にはならない。MMTというレンズが見せているのは真実ではなく仮想現実である。

付録

この財務省の説明はおかしい。

我が国の国債が流通し、ギリシャやアルゼンチンのように財政破綻に陥らないのは、日本政府の返済能力に信任があるからで、その根拠は日本政府の「経済再生」と「財政健全化」への取組みが評価されているからだ」

その根拠は

日本国債は自国通貨建てで、政府には徴税権と通貨発行権がある
政府は永続的存在(going concern)
利払費は対税収比や対GDP比で抑制されている

である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?