現代の通貨システムにおける銀行とマネーの基本ルール

様々な試行錯誤を経て進化してきた現代の通貨システムは一般人の直感では理解しにくいようなので、要所を整理する。

最大のポイントは、民間銀行が顧客に貸し出すマネーは自家製だが、外部との受け払いには中央銀行のマネーを用いることである。同じ「円」でも、銀行のバランスシートの負債側のマネーと資産側のマネーは別物である。

マネーの形式

マネーは物理的実体の有無によって、現金(銀行券と硬貨)と銀行の帳簿上に記録された情報の預金の二つに大別できる。マネーを音楽に例えると、現金はCD、預金はクラウド上にあるデータファイルのようなものである。

現代では、世の中で用いられているマネーの大半は預金だが、一般人にはイメージしにくいようなので、ここでは預金も物理的実体を持っているように描くことにする。

銀行は独自に預金を発行する

A銀行、B銀行、C銀行・・・が発行する預金は、貸出先や有価証券等の買入先に供与する信用を数値化したもので、銀行が記帳することで創り出される。比喩的には、銀行が独自に銀行券を刷って貸出先の預金口座に入金する。この信用供与がマネーを創り出すことを信用創造と呼ぶ。

いずれにせよ貸出の瞬間には、これまで存在しなかった預金が忽然としてあらわれ、同時にそれは貸したお金だから同額の貸付金が資産として出現するのである。手品のごとく無から有を生じたのである。手品師が鳩を出すときは燕尾服の裏側あたりにかくして持っているのだから無から有としての鳩が発生したのではない。だが銀行が貸し出した時は無から有が創り出されたのである。だからこれを信用創造と呼ぶ。自分の債務を設定し(負債としての預金を創り出し)、それを貸した(貸付債権という資産を取得した)のである。

又貸しではないので原資は不要だが、銀行は営利事業として預金発行→貸出を行うので、利息と元本の返済能力が十分あると見込まれる相手にしか貸し出せない。従って、返済能力のある借り手の資金需要が預金発行を制約することになる。貸出額と貸出金利は潜在的借り手の資金需要と他行との競争を反映した市場の需給で決まる。

下はスイスの中央銀行SNB総裁の説明。

What exactly happens when credit is granted? The process always begins with the bank customer, for example when he or she applies for a mortgage loan. The bank then has to check whether the customer is creditworthy and whether the loan is economically viable from a risk/return perspective. 
Rather, their money creation is the product of intermediation between savers and borrowers, and is made possible by the fact that customer sight deposits do not have to be fully covered by central bank money.

銀行の預金は預金者間の支払に使える

銀行が発行した預金は、その銀行の利用者間での支払手段として使用できる。

A銀行の預金者a1が預金者a2から商品を買い、代金1€を銀行振込で支払う場合、A銀行はa1の預金口座から1€を抜いてa2の口座に移す。帳簿上ではa1の預金残高が-1€(手数料は別)、a2の預金残高が+1€の数字に書き換えられる。

他行利用者への支払には現金を用いる

a1の取引相手がB銀行の預金者b1の場合には事情が大きく異なってくる。ある銀行が発行した預金はその銀行の利用者の間でしか通用しないので、別の銀行利用者への支払には用いることができないためである。銀行間の送金には、すべての銀行の預金と交換可能な中央銀行発行の現金(当座預金を含む)が用いられる。

A銀行はa1の預金口座から1€を抜き出して回収し、代わりに手元に保有する現金1€を中央銀行経由でB銀行に送金する。これにより、A銀行の負債の預金と資産の現金が両建てで1€減少する。B銀行は受け取った現金1€と同額の預金を発行してb1の口座に入金し、現金は資産として保有する。a1がA銀行から現金1€を引き出してb1に直接支払い、b1が現金をB銀行に預けても同じことになる。

預金を発行できる銀行が現金を保有するのは、貸出(又貸し)の原資として必要だからではなく、預金との交換を保証しなければならないからである。そのため、現金は預金発行の事前ではなく事後に必要となる。現金準備は貸出の原資ではないので、必要以上の現金(超過準備)を保有しても貸出は促進されない。貸出を促進するのは借入需要である。

上と同じくスイスの中央銀行SNB総裁の説明。

The SNB provides banks with so-called central bank money in exchange for financial assets. They can hold this central bank money as sight deposits at the SNB or withdraw it as banknotes. Banks use central bank money to carry out transfers for their customers and for customer withdrawals.
ここではまず、銀行はなぜ預金集めをするのか、この疑問にだけ答えておくことにします。といっても、その答えは簡単です。それは、一言で言えば、預金の支払い(払い戻し)をするためです。私たちは、銀行が預金集めをするのは貸し出しのための「原資」を調達しなければならないからだと考えがちですが、実際にはそうではなく、銀行はある預金の払い戻しに必要な資金を別の預金で調達しているのです。簡単に言えば「預金で預金の支払いをしている」――これが現代の銀行なのです。

現金準備の調達コストは中央銀行が決める

現金を発行できるのは中央銀行だけなので、各銀行は預金者の他行への送金や現金引き出しに備えて、現金を店舗やATMと中央銀行の当座預金口座に準備しておく必要がある。

この現金準備を調達するルートは

市中にある現金を預けてもらう(預金の獲得)
現金を融通し合う短期金融市場で調達する
中央銀行から担保と引き換えに直接借りる

の三つに大別できる。

中央銀行は国債の売買や担保を裏付けとした貸付等のオペレーションによって短期金融市場の現金の量を調整し、貸し借りの金利を目標水準(政策金利)に誘導する。通常、中央銀行から直接貸し出す金利は政策金利+αとされる。

預金金利は政策金利と預金獲得競争によって決まってくるので、銀行の負債の多くを占める預金のコストは政策金利に連動することになる。

金融政策が効くメカニズム

景気が過熱してインフレ率が昂進するリスクが高まってくると、中央銀行は政策金利を引き上げる。

銀行は政策金利に連動させて預金金利を引き上げ、利鞘を確保するために貸出金利も引き上げることになる。貸出金利の上昇は借入需要を減退させるので、銀行部門のバランスシート拡大にブレーキがかかり、景気も減速に向かう。

逆に、景気が低迷してインフレ率が目標水準を下回り続けるリスクが高まってくると、中央銀行は政策金利を引き下げて、銀行の預金金利低下→貸出金利低下→借入増加→銀行部門のバランスシート拡大→景気拡大、の流れを作り出す。

ここには、借入金利が十分に低くなれば投資のための借入が活発化するという暗黙の前提がある。例えるなら、経済活動とは下り坂を走るトロッコのようなもので、スピードが出過ぎるとブレーキをかけて減速させ、ブレーキが効きすぎてスピードが落ちるとブレーキを緩めて自然に加速させる。このブレーキの加減が政策金利の上げ下げに相当する。金利はブレーキであってアクセルではないことが重要である。

金融政策の限界と財政政策の出番

このトロッコは、平地や上り坂になるとブレーキを解除しても前に進まなくなるが、これがゼロ金利政策でも経済成長率が低迷している状態に相当する。成長するために資金を借り入れて投資する経済主体が減少すれば、貸出金利を低下させても経済全体を十分なスピードで走らせることができなくなるのである。

金融政策はブレーキであってアクセルではないため、経済を前進させるアクセル役として財政政策の出番となるが、これはいわば対症療法であり、金融政策が効かなくなった原因を治す根治療法が求められる。

金融政策もアクセルになり得るとクルーグマンたちが唱えたのがいわゆるリフレ政策だが、それが誤りだったことは下の記事で検証済みである。

量的緩和には既にゼロに近い政策金利をそれ以上低下させる効果はないので、「銀行の現金調達コストを低下させる→民間の借入を容易にする」という本来的な意味での金融緩和(拡張的金融政策)にはならない。

預金と現金の価値の裏付け

現代のマネーは金銀などの実物資産(≒固定担保)ではなく、抽象的な経済価値(≒浮動担保)に裏付けられた"imaginary money"である。

預金の裏付けは借り手の返済能力と現金との交換性、現金の裏付けは税収になるので、究極的には徴税ベースの経済活動(供給力)が通貨価値を裏付けることになる。

「税収を裏付けとして政府が国債を発行→銀行が通貨発行してファイナンス」の現代的な仕組みを確立したのがイギリスの"Financial Revolution"で、大規模な戦費調達が可能になったイギリスは軍事力を増強して大英帝国へ、国債を引き受けたイングランド銀行は現代の中央銀行へと進化していくことになる。

This increased parliamentary control of revenue helped to ensure the success of the Bank of England, created by statute in 1694, for investors in the Bank could be confident that their loans to the Government would be repaid by parliamentary taxation appropriated for that purpose.
Another important innovation that would grow from William's financial revolution was the concept of "imaginary money". Money had always been seen as a solid and material thing. Now, investors began to raise money against assets like stocks, revenues and obligations, but without the tedious business of exchanging actual coins.

アメリカでは1913年に連邦準備制度が創設されるまで中央銀行が存在しなかったことが示すように、現代の通貨システムは民間銀行を中心として構築されている。しかし、度々金融危機が起こるなどシステムが安定性を欠いていたことから、民間銀行が発行する預金(private money)を国家権力に裏付けられた現金(sovereign money)と交換できるようにすることで安定性を高めたのが現代のハイブリッド・システムである。

MMTは時代錯誤

最近話題の現代貨幣理論(MMT)では「政府が通貨発行→財政支出で民間へ→納税で政府に還流」のサイクル("spending first", "taxes drive money")が通貨システムの骨組みとされている。日本では8世紀のシステムが本質的には変化していないというのである。

政府事業への物資や労働力の提供に対して朝廷は銭を渡し、納税や位階・官職の対価として銭を受け取ることで朝廷は債務を弁済するという、政府側の負債から始まる回路が銭の価値を保証する。銭の素材価値が保証するわけでは必ずしもない。このことから、和同開珎は政府の債務証書である、といえる。

しかし、これは時代錯誤な認識である。現代では政府は財政支出を自己調達するために通貨発行するissuerではなく、銀行が発行した預金を利用するuserになっている。市中への通貨供給は政府の財政支出によるものではなく、銀行の信用供与によるものであり、財政支出→納税ではなく、銀行貸出→返済のマネーフローが通貨システムを駆動している。MMTは根本から誤った理論ということである。(ただし、部分部分には正しい点もある。)

参考:日本の銀行の収益と費用の変化

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?