MMT界隈は社会主義者と国家社会主義者の認識共同体

同じことを書くのもいい加減に飽きてきたが、中野剛志が9:30~で「正しいことを言う以外に方法はない」と言っているので、

このMMT界隈(⇩)の誤りについて取り上げる。

租税も国債も、財源確保のための手段ではない。自国通貨を発行できる政府が、その自国通貨を徴収したり、借りたりしなければならない理由はない。
租税は財源確保の手段ではなく、物価調整の手段である。
日本政府には財源の制約はないし、租税は財源確保の手段ではない。
国債もまた、財源確保の手段ではない。金利が高すぎるのであれば、中央銀行は国債を買い取って金利を下げる。逆に、金利が低すぎるのであれば、中央銀行は国債を売却する。国債は、金利の調整手段なのだ。

(日米欧の中央銀行は国債以外にも、地方債、MBS、社債、CP、株式ETF、REITなど様々な有価証券を売買している。)

そもそも現代日本は、「貨幣」を「政府が供給」しているのです。だから、税金が多かろうが少なかろうがそれとは無関係に、(国債を利用しながら日銀を通して)自ら貨幣を造り出して、国民にいくらでも給付することができるのです!
「そもそも、貨幣を供給しているのは、政府だ。だから、政府は、自分でつくった貨幣をどれだけ国民から借りても返せなくなること、つまり破綻することなど起こりようがないのだ」
という現代の貨幣の真実(=MMT)を徹底拡散することが、日本を救う極めて重要なミッション(使命)なのです。
[8:20~]国債を出すという行為は新しく通貨を発行する行為なんですよ

現代の世界標準の通貨システムでは、政府が支出のために自ら通貨を発行することや、中央銀行が政府に直接信用供与する(現金を供給する)ことは原則禁止となっている。

地方公共団体が地方債、民間企業が社債を発行して資金調達するように、国も国債を発行して資金調達する仕組みである。国債は債務証券の一種であってカネそのものではないので、銀行等の預金取扱機関が買い入れることで信用創造しなければ、新しく通貨は発行されない。

https://note.com/prof_nemuro/n/n1b50283d7afd#kwHas

国(中央政府)と地方公共団体や民間には、

❶信用リスクが事実上ゼロ(←徴税権)
❷民間や地方公共団体はカネを預金取扱機関に預金として預けるが、国は中央銀行に「ペーパーレス化された現金」として預ける
❸国債は中央銀行が発行する現金の裏付け資産として多用される(←無リスク資産のため)

などの相違点があるが、預金取扱機関が発行する預金の利用者であることは共通する。

MMTの教祖は❷と❸を「政府の一部門の中央銀行が財政支出をファイナンスしている」証拠としているが、中央銀行が政府に直接信用供与することは禁止されているので事実ではない。銀行に預金している人の多くが銀行から借りていないように、政府が中央銀行に預金していることは政府が中央銀行から借りていることを意味しない。中央銀行は国庫金の出納事務を行っているが信用供与はしていない。中央銀行が発行する銀行券と政府が発行する補助貨幣(硬貨)は市中の銀行預金を「有形化」するためのもので、財政支出のためには発行されない。政府が信用リスクゼロで自由に借り入れできることも、税が財源ではないことを意味しない。

通貨発行権がある政府が、自ら通貨発行せずに民間から借りているのは、現代の通貨が実物資産の裏付けを持たないfiat moneyであることと関係する。Fiat moneyは原理的には際限なく発行できるため、放漫財政によって通貨価値が暴落する危険性がある。そのため、そのような事態を避けるために、政府の借り入れを債券市場によって統制する現行制度が標準となった。放漫財政によってインフレリスクが高まれば、国債金利が上昇して発行にブレーキがかかる仕組みである。

レーニンはこう語ったと伝えられている。資本主義を破壊する最善の方法は、通貨を堕落させることだと。政府はインフレを継続することで、密かに、気づかれることなく、国民の富のうち、かなりの部分を没収できる。この方法を使えば、国民の富を没収できるだけでなく、恣意的に没収できる。その過程で、多くの国民は貧しくなるが、一部の国民は逆に豊かになる。

ところが、国家権力が市場に縛られることに我慢できない統制経済志向の人たちも存在する。中野が動画の22:15~で「いわゆる社会主義者と言われる人たちがMMTを担いでいるんだけど」と述べているように、社会主義者や国家社会主義者がその典型で、MMTとは通貨の発行と価格決定権を民間から政府の手に取り戻す革命理論と言える。国債金利も市場ではなく政府が一方的に決めることになる(2)。

MMTの目標は政府の支出と直接雇用による失業ゼロ社会の実現であり、国債を買う金融機関に対する異様な敵意も、昔の「経済を牛耳るユダヤ人金融業者」に対するヨーロッパ人の憎悪を想起させる。

中央銀行や財務省、銀行や債券市場の関係者にMMTの支持者がほとんど見当たらないことを考慮すると、MMT界隈が認識共同体あるいはecho chamberと化していることは間違いない。

付録

この界隈は「政府の赤字は民間(国民)の黒字」と主張しているようだが、1990年代後半からの政府の赤字(資金不足)の拡大は、法人企業部門が赤字から黒字(資金余剰)に転換したことと対応している。政府の赤字を増やしても、企業の黒字(対外直接投資や現預金の積み上げ)に回るのでは意味がない。

日本は1947~64年度は収支均衡予算で国債は発行されていなかった。通貨システムが機能するためには国債は不可欠ではない。

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