池上彰の「お札と国債」に関する解説は正しかった

先日の記事では池上彰の解説の誤りを指摘したので、

今回は正しい部分について取り上げる。ここでの「お札」は日銀当座預金を含むものとする。

日銀がお金を刷ってる場合は、何か価値のあるものと代わりにしないとお札を出すことはできないんですよ。
昔は金や銀をいっぱい持って「金や銀を持ってますよ」と言ってお札を発行してた。今は国債という国が出している価値のある国債を持って、その分お札を発行してますよ、というルールになっている。

銀行が預金を発行する信用創造は「無からカネが湧いてくる」と表現されるが、この「無」とはあくまでも「形のある」資産の裏付けが無いという意味であり、有価証券や知的財産など「形のない」資産も含めれば「無」ではない。国は民間の経済活動から生まれる所得の一部を徴収する権利(徴税権)を持っているので、それが価値のある資産となるのである。担保になり得る「価値のあるもの」が固定担保から浮動担保に拡張されたようなものと言える。ニクソンショックではUSドルの金兌換が停止されたが、中央銀行の通貨発行が「価値のあるもの」の裏付けを必要とするという本質は何ら変わっていない。

When banks create money, they do so not out of thin air, they create money out of assets – and assets are far from nothing.
Has money appeared magically out of thin air? No. Pontus has created an IOU that is treated like money by third parties out of Lukas’ repayment capacity, which is equal to a stream of repayments in the future. A stream of repayments is the same as a stream of dividends, so the money Pontus created was out of an asset.

国債の価値を支える国のキャッシュフローは税収なので、国全体の財・サービスの生産力と政府の徴税力が十分でなければ、国債は「価値のあるもの」とはみなせなくなる。従って、この安藤議員の主張(⇩)は正確とは言えない。

今の世界でコロナ禍から自国民を守り、自国経済を保全するパワーがある国は、実はごくわずか。日、米、英、中ぐらいだろう。
これらの国と、例えば独、仏、伊はどこが違うのか。それは「自国通貨建てで国債が発行できるか否か」である。日本は自国通貨で国債が発行できるので財政破綻の懸念はないが、ユーロ建ての欧州諸国は自国通貨を持たないから財政破綻の懸念がある。したがって財政出動には限界がある。

自国通貨建てで国債が発行できるとしても、敗戦直後の日本のように生産力が不足していれば「金はあっても物はない」ので激しいインフレを招くだけである。逆に、自国通貨建てで国債が発行できなくても、今日のドイツのように強力な生産力を持っていれば、国債増発とインフレ抑制を両立させることが可能である。「自国経済を保全するパワー」とは「自国通貨建てで国債が発行できるか否か」ではなく、必要な需要を満たすだけの生産能力のことである。第二次世界大戦中・後の日米経済を比較すれば、そのことは明白だろう。

補足①

中央銀行が通貨の裏付けとする「価値のあるもの」は国債に限らない。実際、各国の中央銀行は、政府保証債、MBS、地方債、社債、CP、株式ETF、REIT、外貨など様々な金融資産を裏付けとして通貨を供給している。「中央銀行の業務は統合政府の有利子負債(国債)と無利子負債(通貨)の交換」という認識は正しくない。

補足②

A銀行の預金者がB銀行の預金者に送金する際には、両銀行が共通して用いる決済のための資産(settlement asset)が必要になる。銀行システムが発達する過程でその資産として選ばれたのが、財務基盤が強固な最有力の銀行が発行する預金(または銀行券)で、各銀行の預金の上位互換マネーとして機能する。その銀行が一般向け貸出業務から撤退して、他の銀行向けに決済専用マネー(=現金)を供給する「銀行の銀行」の業務に特化するようになったのが現代の中央銀行の起源であり、国の通貨発行と出納事務の部門が独立行政法人化したものではない。中央銀行が発行する通貨(現金)の裏付け資産が国債に限らないことには、このような歴史的経緯も関係している。

補足③

安藤議員はこのように主張しているが、

コロナ禍以前に消費税増税により日本経済の土台は壊れかけていたと言わざるを得ない。それを立て直すためには「消費税ゼロ」が絶対に必要なのだ。

家計消費の長期低迷には消費税率引き上げよりも企業の人件費抑制(→労働分配率の大幅な低下)の影響が大きく、その背景には、日本経済の潜在成長率からかけ離れた株主資本コストを要求するグローバル投資家の圧力増大がある。従って、消費税をゼロにすれば日本経済の土台を建て直せるかのように喧伝することはミスリーディングである。

(安藤議員が株主至上主義の弊害を問題視していることは承知している。)

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