商品貨幣と信用貨幣~貨幣発行の原理

貨幣の発行について難しく考えている人がいるようだが、原理は資産の証券化と似たものである。「証券化」を「貨幣化」と呼び変えればよい。

商品貨幣と信用貨幣の違いは、貨幣化される原資産が実物資産(主にコモディティ)か金融資産(主に負債性金融商品)かにある。貨幣を1円発行するのであれば、商品貨幣なら財市場で価格が1円の実物、信用貨幣なら金融資本市場で価格が1円の金融資産が貨幣価値の裏付けとして必要になる(多重発行は禁止)。発行体のバランスシートの資産側に原資産、負債側に貨幣が両建てで増える。

商品貨幣の特徴は、貨幣と裏付け資産が一体化していることにある。歴史上、商品貨幣の裏付け資産として多用されたのが貴金属で、そのまま金貨や銀貨として用いられた。兌換紙幣は貴金属貨幣から裏付け資産を分離したものである。

信用貨幣では、貸出債権や債券等の有価証券が裏付け資産になるが、品質が長期安定している貴金属と違って価格変動リスクがあるので、リスクに応じたヘアカットによって貨幣価値の毀損を防ぐ。

In financial markets, a haircut refers to a reduction applied to the value of an asset. It is expressed as a percentage. For example, if an asset – such as holdings of a particular government bond – is worth €1 million but is given a haircut of 20%, it means it is treated as though it has a value of only €0.8 million.
Central banks need to be sure that the money they lend will be paid back. Of course, the first line of defence is the agreement with the borrower regarding repayment. But if the borrower fails to repay the loan, the central bank will sell the collateral. It therefore needs to be sure that it will be able to sell the collateral at a price that will cover the amount of the loan. But assets can go up and down in value and central banks may need some time to sell specific assets. A haircut therefore provides a kind of safety buffer against any loss in value and the time it takes to sell the collateral.

信用貨幣は貨幣と裏付け資産が分離しているのが一般的だが、低リスクの金融商品が貴金属のようにそのまま貨幣として用いられた例もある。18世紀末~19世紀前半のスウェーデンでは、戦費調達のために発行された国債が後に無利子化されて不換紙幣として流通していた(👇Riksbank350年史より)。

The note issues from the National Debt Office caused much confusion. The credit notes that were issued on a large scale in the period 1789–1802 were interest-bearing initially but in 1791 this was discontinued and the notes became virtually irredeemable. Once again, Sweden had two currencies. The riksdaler specie from the currency reform began to be called riksdaler banco (bco), and the National Debt Office’s notes riksdaler riksgälds (rgs).

アメリカが第一次世界大戦の戦費の2/3を賄うために発行したLiberty Bondの額面を決める際にも、小額では事実上の貨幣として流通してしまうことが考慮された(→スタンプ制)。

Had bearer bonds been issued in small denominations, they could be used like currency to purchase goods, thereby defeating McAdoo’s reason for refusing to print money. They would be money.

国債が貨幣の代わりになり得るのは信用リスクを無視できる安全資産だからだが、過剰発行→購買力低下(⇔物価上昇)のインフレリスクからは逃れられない。フランス革命後にハイパーインフレーションを引き起こしたアシニャ紙幣も元々は国債だった。

貴金属貨幣の発行は国家が独占するのが通例だったが、信用貨幣の発行を国家に任せると、放漫財政を貨幣発行でファイナンス→物価暴騰→経済が大混乱となる危険性が極めて大きいことが歴史の教訓として得られているため、現代の世界標準の貨幣制度では、国家は財政支出のためには貨幣を発行せず、中央銀行が発行した貨幣を市場の実勢金利で借り入れる。国債濫発→インフレリスク上昇→借入金利上昇→借入困難化となることで、放漫財政に歯止めがかかる仕組みである。

国家が中央銀行から自由に借り入れできると、国家による貨幣発行と事実上同じになってしまうので、多くの国では直接借り入れや中央銀行による財政支出の代行(quasi-fiscal activity)は原則禁止になっている。国家が調達するのは中央銀行発行の貨幣だが、国家に貸す(信用供与する)のは民間部門なので、市中に同額の民間銀行預金の存在が必要となることは重要である。

市場と共に貨幣価値の安定を担うのが中央銀行で、その発行する貨幣の裏付け資産には国債等の信用リスク・流動性リスクが極めて低いものが用いられる。

現行制度では、中央銀行による国債買い入れ/担保にした貸出(⇔貨幣の発行)は、市場に流通する国債を貨幣化しているだけで、財政支出のファイナンス(統合政府が支出のために貨幣する)ではないことに注意。国家は貨幣のissuerではなくuserである。

付録①

当記事の内容を理解すれば、この👇ような理解が根本的に誤っていることがわかるはずである。

昔は金本位制と言って、通貨の価値は金(きん)と紐付けられて考えられていました。その当時、なんで紙切れに過ぎないお札に価値があるのかと聞いてみたら、「金(きん)と取り替えてくれるんだろう」と思われていたわけです。その意味でお札の価値は、金貨や銀貨の価値と同じようなものなんだろうとみんな思っていたんですね。
ところが現在では、お札と金(きん)と取り替える制度になっていません。そうすると、一万円札って単なる紙切れなんです。
なんでお金には価値があるのか?
その答えは何かと言うと、それが「税」なんです。
国家が納税義務を課していて、そのための支払い手段としてお金を使っているから、お金に価値があるのです。

日本銀行は市場で一万円相当の金融資産に対応させて一万円札を発行している。市場価格が一万円の有価証券が「単なる紙切れ」ではないのなら、一万円札も単なる紙切れではなく一万円の価値がある。

So as a central bank, we have the ability to create money digitally. And we do that by buying Treasury Bills or bonds or other government guaranteed securities.
But by law, Chairman Powell's Federal Reserve can only lend money that must be paid back.

中野は信用貨幣の価値は対応する金融資産の価値と表裏一体であることを理解していない。貨幣価値を裏付ける金融資産の存在が見えないために、「国家が納税義務を課していて、そのための支払い手段としてお金を使っているから、お金に価値がある(→taxes drive money)」という無理な説明に引っ掛かってしまう。

秀才は専門外の分野では異端説にハマりやすい(トンデモ化しやすい)ので要注意。

付録②

価値の担保が物→商品貨幣、担保が収入→信用貨幣

それから今までと違いまして、これは企業そのものを担保にするというふうな考え方に近いのであります。で、企業そのものを担保にすると言いますと、こいつは大陸法的と申しますか、ドイツ流と申しますか、概念から言いますというと、企業というものは担保にならぬ。ところが、イギリスのような実際的な見地から法律を解釈する国におきましては、これはむしろアーニングスを主とする企業収入というものを担保にするのだという見方からいたしまして、これは今までの不動産登記でなく、を主体とするのじゃないというふうな考え方から、会社の登記簿に登記して、しかも画一に対抗要件とか成立要件とかいうような争いにつきましては、これを一本に成立要件にしてしまう。そしてとにかく会社の登記簿に持ってくる。ここは、従来の担保というものは、大体です。ここに企業担保は物権とするとございますが、物権とは、こういうふうな法律は漁業法にもたしかあったと思いますが、漁業法もやはり不動産を準用していると思います。これだけはとにかく企業そのものを担保とするというふうな見方に、もちろんのれんとかいうふうな、企業財産に含まないようなもの、こういうものは除いていますが、できるだけ企業を担保にするというふうな観念から会社登記簿に登記をし、しかも成立要件にしたということは、最も妥当な措置だと思います。

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