信用貨幣・通貨発行権・中央銀行の役割

"Everyone can create money; the problem is to get it accepted" - Hyman Minsky

ミンスキーの言葉の意味は、貨幣が流通するためには発行体の信用が必要ということである。

経済的な意味での信用とは「借りを返す確実性」だが、これを裏返すと、信用を与える側、つまり貨幣の発行体には「貸しを確実に回収する能力」が必要ということになる。

貸しを確実に回収する方策には、

①信用のある相手を選んで貸す
②強制的に回収する力を持つ

の二通りがある。

民間銀行は①で、借り手の将来のキャッシュフローや担保価値の評価に基づいて、回収可能な範囲で預金(private money)を創造して貸す。

国家(中央政府)は②で、暴力装置をバックにした徴税権を行使できるので、民間銀行が貸せない相手にも貨幣(sovereign money)を供与できる。民間銀行は貸した相手からしか回収できないが、政府は特定の相手に供与した貨幣を納税者全体から回収できるので、回収不能になるリスクが著しく低くなる。この強力な回収能力をバックにした国家権力の一つが通貨発行権である。

しかし、現代の世界標準の制度では、政府は財政支出のためには貨幣を発行していない。その主な理由は、政府が通貨発行権を濫用する→財政支出が過大になる→総需要が総供給を大幅に上回る→悪性インフレ進行→経済が混乱することを防ぐためである。政府に超強力な貨幣回収能力があっても、いったん悪性インフレの火が燃え広がると、鎮火するまでの経済被害は甚大なものになる。そのため、現行制度では財政支出は民間からの徴税と借入(国債発行→市中消化)で賄うことになっている。民間銀行製のprivate moneyを中央銀行経由で調達して支出に充てる仕組みである。

中央銀行を経由する理由の一つは、民間銀行製の預金には「品位」を欠いたジャンクが混じっている可能性があるためである。銀行預金は銀行の資産を裏付けとした金融資産(銀行にとっては負債)なので、裏付け資産にtoxic wasteが大量に混入していれば、額面通りの価値がないことになる。健全経営のA銀行の預金は額面で流通するが、B銀行は90%、C銀行は70%といった具合では円滑な取引の妨げになるので、各銀行が保有する安全資産だけを裏付けとして新たに貨幣を発行し、その貨幣を「最終的な決済資産」とすることで、額面通りの取引を保証する仕組みが編み出された。その「純度100%」の貨幣を独占的に発行するのが中央銀行である。中央銀行は質屋のようなもので、民間銀行から安全資産を質預かりする/買い取る代金として中銀預金を供給する。

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現行制度において中央銀行が発行するsovereign moneyの役割は、昔のような財政支出のファイナンスではなく、別々の民間銀行の預金を交換可能にすることにある。

かつて米国では、異なる銀行によって発行された銀行券は必ずしも額面どおりに受領されなかった。例えば、シカゴ銀行で発行された銀行券を使ってセントルイス銀行からの借入れを返済しようとしても、額面1ドルにつき75セントの価値しか認められない可能性もあった。
連邦準備制度が創設されたのは、額面どおりの決済を保証するためでもあった。その創設と同時に、民間の銀行券は基本的に廃止に追い込まれた。銀行は預金を使うようになり、銀行間の勘定の決済は、準備預金と呼ばれるFRBの負債を使うようになった。
今日では、マネーの創造と管理はほぼ全面的に民間の銀行に任されているが、ソブリンマネーは「最終的な決済資産」であり続けている。マネーのピラミッドの下から二番目の層にいる銀行が銀行間の支払いや国への支払いをするときに、決済の手段として確実に受け入れられるのは当座預金だけである。
同じように、キャッシュは国に対する信用の表象として揺るぎない地位を保っているが、流通しているマネーの圧倒的多数は、民間銀行の口座にある預金だ。1694年に政治の妥協が成立して、ソブリンマネーとプライベートマネーが融合されたことが、いまも現代のマネー世界を支える基盤になっている。

国債が大量に発行されて厚みのある流通市場が出来上がった現代では、中央銀行の貨幣の裏付け資産の多くが国債になっているが、このことは中央銀行が財政支出を実質的にファイナンスしていることを意味しない(下はFedの解説)。ファイナンスしているのは民間部門である。

The Federal Reserve purchases Treasury securities held by the public through a competitive bidding process. The Federal Reserve does not purchase new Treasury securities directly from the U.S. Treasury, and Federal Reserve purchases of Treasury securities from the public are not a means of financing the federal deficit.
In financing the federal deficit, the federal government borrows from the public by issuing Treasury securities, which are sold at auction according to a schedule that is published quarterly.

政府が国債を発行する際には、中央銀行内部で買い手の取引銀行の口座から政府の口座に中銀預金が移るが、これも「国債は民間銀行の預金ではなく中銀預金でファイナンスされている」ことを意味しない。個人が「銀行から自動車ローン100万円を借りる→預金口座から現金100万円を引き出す→自動車販売店で現金100万円を支払う」ことが、中央銀行からの信用供与で自動車を買ったことを意味しないことと同じである。中央銀行の貨幣は、民間銀行が創造した預金を移動させる媒体として機能している。

付録

政府の国債発行の限度も貨幣の発行限度と同じで、将来の税収で元利払いが可能な額までになる。

ただし、国家は永続的存在(going concern)なので、金利をリセットしながら借り換えを繰り返していける。従って、毎年の元利払いのうち税収で賄う必要があるのは利払費だけになる。財政の持続可能性に直結するのは国債の残高ではなく利払費ということである。

日本の国債金利が低い理由は、残高ではなく利払費を見ればわかる。

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