新自由主義の毒が英米よりも日本に効いた理由

このタイトルのような見方(⇩)に対しては、新自由主義の本家の英米は日本のように衰退していない、という反論が予想されるが、

日本の衰退が英米に比べて著しいのは、新自由主義のマイナス効果を相殺するプラス効果がなかったことと、英米にはなかったマイナス効果があったことで説明できる。

金融セクターの影響力と民間の負債の増大

英米の新自由主義とは、株主利益の最大化を目指す金融資本主義(株主資本主義)なので、はるか昔から世界の金融センターだったロンドンのシティ、ニューヨークのウォールストリートを擁する英米には有利に働き、英米勢に攻め込まれる日本には不利に働くことになる。

「政治の実権は、伝統的な支配者である地主ジェントルマンと、彼らと生活文化や価値観を共にした大商人・金融業者、つまりロンドンのシティが握っており、マンチェスターやバーミンガムの経営者がイギリスを動かしたことは一度もない」。こうした見方が「ジェントルマン資本主義」論として、近年きわめて活発に主張されていることには、しばしば言及してきた。
このように見れば、これこそ遅ればせながら、本当のイギリス・ブルジョワ革命だと言われたサッチャー革命の意味も、わかりやすくなるかもしれない。

英米の金融セクターの影響力増大は報酬の激増や資産価格の高騰に表れているが、日本ではそのような事態は生じなかった。

もう一つ重要なのは、民間部門の負債の増大である。

アメリカではサブプライムローン問題によって明らかになったが、英米では金融セクターが家計の借入を促進してバランスシートを拡大させたことが、経済成長に寄与していた。

しかし、日本人は英米人に比べて借金に慎重なことや、企業もバブル崩壊の痛手と人口減少見通しから借入に慎重だったために、民間部門の借入が牽引力にならなかった。

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このように、経済の金融化の影響が日本と英米では逆向きになったことが、日本の衰退が激しくなった一因である。

人口動態

日本では人口減少見通しが国内投資を抑制しているが、英米では人口増加が続いている。

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英米型新自由主義=金融資本主義が浸透して国際資本移動が活発化すると、人口増加率見通しの格差が経済に与える影響も大きくなるので、日本の衰退が加速される。

賃金抑制を甘受する国民性

エマニュエル・トッドは、ドイツの国民性が賃金抑制を容易にしたと指摘している。

国内では競争的なディスインフレ政策を採り、給与総額を抑制しました。ドイツの平均給与はこの10年で4.2%低下したのですよ。
そうした規律と上下関係という価値が浸透しているがゆえに、ドイツでは人びとが競争的なインフレ抑制策を受け容れたのです。
ドイツではここ数年、賃金が据え置かれたり、引き下げられたりしています。ドイツの社会文化には権威主義的なメカニズムがあって、国民が相対的な低賃金を甘受するので、ドイツの政府と経済界はその面を活用し、ユーロ圏の各国への輸出を政治的に優先したのです。

この国民性はおそらく日本にも共通しており、ドイツを上回る賃金抑制と単位労働コスト引き下げが抵抗もなく実現した。

これは企業のコスト競争力にはプラスだが、内需を慢性的に抑制することにもなる。日本はドイツのように貿易黒字を増やさなかったので、英米よりも賃金抑制のマイナス効果が大きくなってしまったわけである。

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「縮み志向」と「もったいない」

橋本龍太郎の「愚行」を二つ挙げるとすれば、一つは不良債権問題で経営難に陥っていた金融機関に打撃を与えた金融ビッグバン、もう一つは日本社会全体を緊縮(ダウンサイジング)に方向付けた財政構造改革である。

1997年6月3日に閣議決定された「財政構造改革の推進について」の冒頭はこようなものだが、

少子高齢化の進展、冷戦構造の崩壊、キャッチアップ経済の終焉、大競争時代の到来、生産年齢人口の減少など、我が国の財政を取りまく環境は大きく変容しているが、その中で財政は、現在、主要先進国中最悪の危機的状況に陥っている。
このような状況の下、21世紀に向けてさらに効率的で信頼できる行政を確立し、安心で豊かな福祉社会、健全で活力ある経済の実現という明るい展望を切り開くためには、経済構造の改革を進めつつ、財政構造を改革し財政の再建を果たすことが喫緊の課題であり、もはや一刻の猶予も許されない。
このため、先に内閣総理大臣より提示された財政構造改革五原則において、当面の目標として、2003年度までに財政健全化目標(財政赤字対GDP比3%、赤字国債発行ゼロ)の達成をめざすこと、今世紀中の3年間を「集中改革期間」と定め、その期間中は、「一切の聖域なし」で歳出の改革と縮減を進めることを決定した。これを強力に推進する。
特に、当面の平成10年度予算においては、政策的経費である一般歳出を対9年度比マイナスとするため、財政構造改革会議で結論を得た主要経費の具体的な量的縮減目標等について、10年度の概算要求段階から反映させることとする。
なお、財政赤字の縮減の進捗度合いによってはさらなる歳出削減に努めるものとする。

日本のダウンサイジングを目指す言葉が大量に使われている。

抑制 41
縮減 22
削減 18
合理化 13
マイナス 13
危機的 9

もっとも、緊縮志向は政府が民意に反して暴走しているのではなく、逆に民意に支えられているというのが実態と言える。

韓国人学者が書いた『「縮み」志向の日本人』という本があるが、「縮み」や「もったいない」といった精神は、英米人よりも日本人に特徴的であることは間違いない(借金に慎重なことと通底)。1980年代には「メザシの土光さん」、1990年代には『清貧の思想』がブームとなり、2000年代以降の選挙でも「無駄を削る」「痛みに耐える」「身を切る改革」などとアピールする政党・候補が支持されている。民主党政権の事業仕分けが当初は支持されたのも、多くの国民が「削る」ことを求めていたからである。

大動脈の高速道路をわざわざ四車線に狭めて満足する狂った先進国は日本だけだろう。

猪瀬:ちょっと待て。なぜ僕が当時4車線でいいと言ったか、その意味を理解してるか? たとえば4車線にすれば、トンネルの建設コストを半分にできるからだ。

賃金を抑圧されて内向きになった日本人は「削る」ことにときめくようになってしまい、それによる需要減少が賃下げ圧力として働くという悪循環に陥ってしまったわけである。削った分は株主への配当と企業の内部留保(主に現預金と対外直接投資)になっている。

以上の四つの要因を考慮すれば、「新自由主義は日本衰退の元凶ではない」とは言えないと言ってもよいだろう。

「米百俵の精神」の小泉首相が郵政選挙で圧勝したことや、グローバル投資家の代理人であることを隠さない安倍首相が長期政権を続けていることが証明しているが、多くの国民は「株主を儲けさせる」ために自分たちを片づけることを改革だと思い込んでときめいているのである(集団発狂)。

民営化、自由化、規制緩和、自由な資本移動、関税障壁の撤廃などは、株主を儲けさせるための世界的な手段となっている。
グローバルな資本主義には、ローカルな民主主義の声が届かなくなってしまった。国内の組織にも外国人が君臨し、顔の見えない製造業者の規範は、我々の日常生活に強力かつ制御不能な影響を及ぼしている。

参考

安倍首相語録

もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました。
日本を、能力あふれる外国人の皆さんがもっと活躍しやすい場所にしなければなりません。
日本はこれから、グローバルな知の流れ、貿易のフロー、投資の流れに、もっとはるかに、深く組み込まれた経済になります。外国の企業・人が、最も仕事をしやすい国に、日本は変わっていきます。
そのとき社会はあたかもリセット・ボタンを押したようになって、日本の景色は一変するでしょう。

日本を外国人仕様に改造するなどと、「日本人のための政治」を行わないことを公言する安倍首相が高支持率を続けていることは、多くの日本人が反トランプ的なリベラル政策を支持していることを示している。

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