日本の賃金を下落させた改革と思想

この分析に基づいて関連情報を示す。

中野氏によれば、70年代までは、「賃金主導型成長戦略」によって成長し続けてきた日本経済も、80年代、とりわけ90年代以降に採用された、「構造改革」という名の「利潤主導型成長戦略」によって低迷し続けてきたのだ。

名目賃金は1997年度、実質賃金は1996年度がピーク。

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1996年度→2018年度に国民所得は+3.3%、賃金・俸給は+0.8%だが、法人企業所得(配当等支払前)は1.7倍、配当は6倍に激増している。

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「賃金主導型成長戦略」の起源は第二次世界大戦の総力戦体制にある。

戦争によって所得と富の格差が是正されるためには、戦争が社会全体に浸透し、たいていは現代の国民国家でしか実現しない規模で人員と資源が動員される必要があった。
これらの要因はまた類を見ないほど強力な触媒として機能し、平等化を進める政策転換を引き起こした。つまり、権利の拡大、労働組合の結成、社会保障制度の拡大などへ向けた力強い推進力を生み出したのだ。

そこから生まれた「自国の労働者階級を豊かにすることが得策」「勤労者の生活水準の進歩は、システムの均衡にとって不可欠」という観念が、戦後の西側先進国の高度成長の基盤となった。

ブルジョワジーの愚かな言動は、ケインズの出現とともに、いきなり終息することになった。ケインズの『雇用、利子、および貨幣の一般理論』は、過剰生産の危機、総需要の不足の可能性、投資の後退期に賃金の低下によって自動的に経済の均衡が保たれるとする、それ以前の自由主義理論が愚劣であることを説明していた。ケインズ理論の主たる帰結は、もちろん景気後退期における国家による投資であるが、それより目に付きにくいが構造に関わるものだけにより重要な帰結は、自国の労働者階級を豊かにすることが得策であるという考えを西側ブルジョワジーが受け入れた、ということである。経済発展期における労働者の賃金の持続的上昇は、消費の規則正しい上昇をもたらし、それが生産の総体を吸収する。まことに単純な理屈であったが、それに考えを及ぼす必要があった。と言うよりむしろ、労働者の富裕化という観念にプロレタリアートの怠惰という観念を結びつけていたヴィクトリア朝的偏見を、克服する必要があったのだ。第二次大戦後の西側諸国の経済発展の根源は、このことの自覚にある。
両大戦間時代には病み衰えていた資本主義は、1945年から、規則的な発展率を回復した。過剰生産の問題に対する解決策は単純だったが、ただしだれかがそのことを考える必要があった。つまり、労働者はより多く消費すべきである、ということである。それ以降、勤労者の生活水準の進歩は、システムの均衡にとって不可欠であることが認められた。

しかし、1970年代末になると、米英ではネオリベラリズムに基づく「利潤主導型成長戦略」が取って代わり、他の国々も広がった。

日本でも、1980年代になるとアメリカで洗脳された経済学者たちが『1940年体制』の解体を主張するようになったが、戦前生まれの経営者世代には日本的経営に対する自信があったために阻止されていた。

官庁、大企業が社費で、毎年、新社員の一番優秀な人を幾人か、ときどきはヨーロッパだが主として米国へ、MBAや経済学・政治学の修士・博士号をとりに送られた人が大勢いた。
その「洗脳世代」の人たちが、いよいよ八十年代に課長・局長レベルになり、日本社会のアメリカ化に大いに貢献できるようになったというわけだ。

だが、バブル経済が崩壊すると日本的経営に対する自信は失われてアメリカ帰りの「改革派」が主導権を握ることになり、最後の転落(日本崩壊のシナリオ)が始まった。勢力の逆転には、経済学者の理論的貢献も大きい。

「企業は、株主にどれだけ報いるかだ。雇用や国のあり方まで経営者が考える必要はない」
「それはあなた、国賊だ。我々はそんな気持ちで経営をやってきたんじゃない」
94年2月25日、千葉県浦安市舞浜の高級ホテル「ヒルトン東京ベイ」。大手企業のトップら14人が新しい日本型経営を提案するため、泊まり込みで激しい議論を繰り広げた。論争の中心になったのが「雇用重視」を掲げる新日本製鉄社長の今井敬と、「株主重視」への転換を唱えるオリックス社長の宮内義彦だった。経済界で「今井・宮内論争」と言われる。

「利潤主導型成長戦略」への転換を決定付けたのが、改革派の大蔵官僚(榊原英資長野厖士)が仕掛けた金融ビッグバンである。

1996年11月11日、時の総理橋本龍太郎は官邸に三塚博大蔵大臣と松浦功法務大臣を呼び、日本の金融システム改革(いわゆる日本版ビッグバン)を2001年までに実施するように指示したのでした。実はこの金融システム改革を仕掛けたのは、当時国際金融局長だった筆者と証券局長だった長野厖士でした。官邸での会合には筆者も長野も同席しました。

Free, Fair, Globalの金融ビッグバンとは、グローバル投資家の利益の最大化のために日本の経済システムや諸制度を大改造するものであり、実質賃金が20年以上前を下回っているのは、その改革が大成功したことの証である。

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会計ビッグバンによる一連の会計基準制度改革の結果、上場企業における株式の持ち合いが解消に向かい、従来の安定株主に代わって投機的株主が台頭することになりました。
そして、こうした投機的株主の台頭に加え、会計ビッグバンにより導入された新しい会計基準が、企業に収益性を重視するよう促しました。
その結果、わが国の上場企業の経営は、それまでの成長性重視の経営から収益性重視の経営へと大きく舵を切ることになりました。
そして、こうした株主利益重視、収益性重視の経営姿勢は、大企業を中心として非正規雇用、リストラなどの人件費削減に走るようになりました。
こうした企業による人件費の削減が、消費者の購買力の減退を通じて、今日のデフレ不況を生み出していることは既に論じた通りです。

最も重要なことは、「賃金主導型成長戦略」は一国の経済成長を目標にしているが、「利潤主導型成長戦略」はグローバル投資家・資本家の利益の最大化が目標で、国の経済の成長は眼中に無いことである。つまり、成長させるのは投資家利益であって、国民経済ではない。まだGDPという概念がなかった19世紀の大英帝国の投資家階級を想像すればよいが、国境や国籍にこだわらない"citizen of nowhere"にとっての関心事は投資のリターンであり、自国や投資先の国で働く人々の生活などどうでもよいことである。構造改革の目標は、100年以上前のグローバル経済の復活だった。

But today, too many people in positions of power behave as though they have more in common with international elites than with the people down the road, the people they employ, the people they pass in the street.
But if you believe you’re a citizen of the world, you’re a citizen of nowhere. You don’t understand what the very word ‘citizenship’ means.

このグローバル投資家的観念は、安倍首相(当時)が2013年9月25日にニューヨーク証券取引所で行ったスピーチにも明確に表れている。「お金は儲かるところに流れる」とは、日本よりも海外の成長率が高いのであれば、日本から海外に資本が流出して国内投資が不足することを意味する。

世界経済を動かす「ウォール街」。この名前を聞くと、マイケル・ダグラス演じるゴードン・ゲッコーを思い出します。
「Money never sleeps」のタイトルさながらに、お金は儲かるところに流れる、その原理は極めてシビアです。
今日は、皆さんに、「日本がもう一度儲かる国になる」、23年の時を経てゴードンが金融界にカムバックしたように、「Japan is back」だということをお話しするためにやってきました。
日本で海外の選手が活躍し、米国で日本の選手が活躍する。もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました。

自国民を豊かにすることよりも、ウォール街の投資家を儲けさせることを優先する人物が内閣総理大臣を務めていたのだから、実質賃金が上がらなくても何の不思議もない。

ケインズは『一般理論』で「経済学者や政治哲学者の思想」の影響力の大きさを強調していたが、日本の賃金下落の主因は"principles of shareholder primacy"ということである。

Each version of the document issued since 1997 has endorsed principles of shareholder primacy – that corporations exist principally to serve shareholders.

この「経済学者や政治哲学者の思想」が賃下げ・デフレの根本原因。

資本主義においては、利潤追求それ自身が無条件に正統化される。
その追求を制約する上位規範が存在する訳ではない。
それ故、資本主義においては、利潤原理(企業が[プラスの]利潤を最大化する行動) が根本規範となる。
企業の目的は利潤(profit)を最大にすることである。
そのために、コストをなるべく小さくしようとする。コストを最小にするのが目的である。

小室の弟子の宮台真司によると、小室は「宮台君、天皇の偉大さがわかりますか」などと言っていた「真性右翼」ということだが、グローバル投資家の利益最大化のために日本人労働者の人件費の最小化を主張していたのだからpublic enemyというのが正確だろう。

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