MMTの間違い理解のコツ:「政府は貨幣の供給者ではない」という一点を知るべし

藤井聡が「新」経世済民新聞に《MMT理解のコツ(実践編):「政府が貨幣の供給者だ」という一点を知るべし》という記事を書いていたが、逆にMMTの間違いを理解するのに役立つ内容である。

「MMTで最も大切なポイントは、政府は『貨幣の供給者』だという点です」
「政府は貨幣の供給者であり、貨幣の使用者である国民とは、ぜんぜん違うのです」
「貨幣の供給者」である政府は自分で好きなだけ貨幣を作れるわけですから、

藤井はこちらの動画の35分~でも

国家が貨幣の供給者だということを論理的に否定できる論者は一人もいない。

と語っているが、誤っているのは藤井の方である。現代では国家(政府)は経済活動で用いられる貨幣の供給者の役割を民間銀行に譲って、民間銀行が創る預金通貨の利用者になっている。市中で用いられる現金は銀行預金を体化したもの、決済システム内で用いられる中央銀行の当座預金は銀行預金を移動させる役割で、どちらも市中の通貨量(マネーストック)を増やすものではない。

政府が自分で好きなだけ貨幣を作らなくなったことには歴史的経緯がある。

「お金がないなら、刷ればいい」を約300年前にフランスで実践したのがスコットランド人のジョン・ローである。

この事態に対して必要だったのは、紙幣の発行量を減らして、その信用を回復することだった。つまり、市場メカニズムを重視して、マネーの需要と供給のバランスを図ることだったのである。しかし、ローもオルレアン公もそうはせず、むしろ、紙幣を増発した。
彼らが頼ったのは、市場メカニズムではなく、権力による統制策だ。
こうして、ローの魔術は破綻した。フランスの財政危機は解決されず、インフレだけが残った。これは、フランス革命の遠因の一つになったとされる。

不換紙幣の増刷はフランス経済に好況をもたらすものの、結局はバブル崩壊とインフレという失敗に終わる。

ローの失敗の原因は、政治的圧力もあって、紙幣の発行量をコントロールできなかったことにある。MMTでは政府はインフレ率をバロメーターにして通貨発行量を適切にコントロールすることになっているが、現実の政治はそんなに簡単ではないのである。

スイスの中央銀行SNBも、政府の(中央銀行を使った)通貨発行が禁止されている理由をこのように説明している。

The SNB has a mandate to ensure price stability, while taking due account of economic developments. Experience indicates that central banks are better able to fulfil this mandate when the state is not permitted to use money creation for financing purposes. This is in order to avoid conflicts of interest. For example, if the central bank needed to increase interest rates to ensure price stability at a time when the state required more money, the interests of the two parties could collide if the central bank were not independent of the state.

現代の通貨システムは、このような歴史の教訓から、

政府・中央銀行は「貨幣の供給者」の役割を民間銀行に外注する。
政府は財政支出の財源を民間から税または国債発行によって調達する。
中央銀行は金融政策によって銀行の民間向け信用を制御する。

という分権体制に進化している。

MMTでは政府はゼロコストで資金調達できるので、通貨発行と財政支出に歯止めをかけにくいが、現行システムではインフレリスクが高まる→国債金利が上昇(調達コスト増大)の市場メカニズムによって財政政策を制御することができる。国家権力の暴走を憲法で抑制するように、過剰な政府支出を市場規律で抑制する仕組みである。逆に、金利低下は市場が国債発行→財政支出を催促するシグナルなので、それに従えばよい。

このように、現代では政府は放漫財政を防止するために「貨幣の供給者」であることを止めて「使用者」になっている。藤井が強調する「一点」は事実ではないので、MMTも正しくないのである。

Modern Monetary Theoryとは、300年前に失敗に終わったローの理論を現代風に焼き直しただけで、その後300年間の通貨システムの進化に取り残された時代遅れの代物なのである。


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