MMTのバイブルを読む

MMTが空想上の通貨システムに関する理論体系であることは、Randall Wray著『MMT現代貨幣理論入門』第2版序文の

政府は通貨の発行者であり、通貨の利用者ではない。

からも明らかである。詳しくは別記事に回すが、ここでは序論「現代貨幣理論の基礎」のこの部分について検証する。

政府が支出や貸出を行うことで通貨を創造するのであれば、政府が支出するために租税収入を必要としないのは明らかである。さらに言えば、納税者が通貨を使って租税を支払うのであれば、彼らが租税を支払えるようにするために、まず政府が支出をしなければならない。繰り返すが、このことは、200年前なら明白だった。国王が支出のために文字どおり硬貨を打ち抜き、その後、租税の支払いを自らの硬貨で受け取っていた。
MMTは、租税制度の主な目的は通貨を「動かす」ことであると主張する。人々が主権国家の通貨を受け取る理由の1つは、その通貨で租税を支払わなければならないからである。支払いに必要がなければ、はなから誰も通貨を受け取らないだろう。
ハイマン・ミンスキーは、「誰でも貨幣を創造できる。問題はそれを受け取らせることにある」と言った。あなただって、紙切れに「5ドルの債務」と書けばドル建ての「貨幣」を創造できる。問題はそれを誰に受け取らせるかだ。政府なら――何千万もの人々が政府に支払債務を負っていることもあって――受取り手は簡単に見つかる。

ここで無視されている重要なことは、国民に通貨を受け取らせるためには通貨価値の安定、すなわちインフレリスクがヘッジされていることを信用させる必要があることである。法定通貨であっても、ハイパーインフレによって通貨が無価値になると国民が予想するようになれば受取り手が簡単に見つからなくなることは、最近では自国通貨が廃止されてしまったジンバブエの例が示している(現在は復活中)。

The prices of goods multiplied several times a day. Though it was illegal at the time, many people opted to keep US dollars, which they bought on the black market.
Businesses began demanding foreign currency. Eventually authorities were forced to catch up, scrapping the Zimbabwe dollar and sanctioning the use of several currencies, including the Chinese yuan and Indian rupee.

200年前の国王が文字通り打ち抜いた硬貨を国民に受け取らせることができたのは、それ自体に価値がありインフレに強い金貨や銀貨などの正貨(本位貨幣)だったからである。金銀は稀少で国王が自由に生み出せないので、支出するためには民間にある硬貨を徴税によって回収して財源にする必要があった。税は財源だったのである。

現代の通貨は正貨ではない信用貨幣なので原理的には帳簿上で無限に生み出せる上に、プラスのインフレ率が経済運営の目標にされているので、国民に受け取らせるためにはインフレによる減価分(インフレ税)が補償される通貨を発行しなければならない。実例の一つにアメリカの南北戦争時に少量発行されたInterest-Bearing Treasury Noteがある。

これを現代に実現するのであれば、政府が国営銀行を設立して民間が預け入れた預金にインフレ率に連動した利息を支払うことになるが、それならば通貨の代わりに有利子国債を発行して民間から銀行預金を調達しても同じことであり、現実の通貨システムはそのようになっている。餅は餅屋ということで、政府は預金取扱を民間銀行にアウトソースして銀行預金の利用者になったわけである。民間から借りる形式の利点は、①政府が一方的に金利を決められないので金融抑圧を防げる、②市場で決まる金利によって借り過ぎ(=通貨の過剰発行)にブレーキを掛けられることで、市場規律によって国家権力の濫用を防ぐ意味がある。

画像1

このように、現代の通貨システムは200年前のものとは別物に進化しているのだが、MMTでは政府が通貨発行していた200年前のシステムを電子化しただけのものだとされている。熱烈なMMT信者の中野剛志は巻頭解説の〈「現実」対「虚構」 MMTの歴史的意義〉にこう書いているが、

要するに、人々がお札という単なる紙切れに通貨としての価値を見出すのは、その紙切れで税金が払えるからだというのである。
MMTの理論は、この正しい貨幣論を「前提」として構築される。
MMTが論じているのは、数学的な純粋さではなく、ビル・ミッチェルが強調するように、あくまでも「現実」なのだ。

MMTは虚構の前提から精緻に構築された理論体系なので、前提が正しいと思い込んだ人には完璧な理論に見えてしまう。MMTの信者はカルトの「最初に既成概念をひっくり返して知識の上書きを容易にする」や詐欺師の「嘘に本当を混ぜる」テクニックに見事に引っ掛かっている。MMTの信者がセクト的・カルト的なのは、MMTがセクト的思想だからである。

『MMT現代貨幣理論入門』は第2版序文と序論を読むだけで十分である。

通貨システムを全く理解していない経済学者(⇧)

補足①

『財務省広報ファイナンス』平成17年6月号「我が国の国庫制度~入門編~」

国は、租税及び国債等の形で民間部門から資金を調達し、これにより、公共事業、社会保障、教育及び防衛等様々なサービスを提供している。

政府は通貨の利用者であり、通貨の発行者ではない」が現実である。形式的には企業が社債を発行して資金調達することと変わりない。国債利息の意味は買い手へのインフレ税の補償であって補助金ではないことに注意。

国庫を出入りするのは中央銀行が金や外貨(ハードカレンシー)、国債やMBSなど高信用力の有価証券を裏付けとして発行する通貨(現金と当座預金)だが、これは銀行間決済専用の通貨であり、200年前の国王が支出のために発行した硬貨とは機能が異なる。MMTの根本的な誤りはここにある。

補足②

極左カルト的なMMTerが多いのは、MMTが提唱する経済政策が

政府が最低賃金の仕事を提供することで失業ゼロ(JGP)
政策金利ゼロ(→無リスク金利ゼロ)
国債を廃止して国営銀行への預金に変更(→自由金利の否定)
市場金利を通じた資源の最適配分の否定
政府の財政政策・産業政策による資源配分
価格統制によるインフレ対策

など市場メカニズムを否定する共産主義的なものだからだと思われる。MMTの源流が第二次世界大戦時の総力戦体制にあることも関係している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?