「国債発行→政府支出は通貨発行」という反緊縮派の誤解

しばらく前にも書いたマニアックな内容なので、興味がない人はスルーしてもらいたい。

通貨システムを分かり易くデフォルメ

タイトルのような誤解が生まれる一因には、現代では国庫金の支払と受取がペーパーレス化されて中央銀行の帳簿上で処理されているため、具体的にイメージしにくいことがある。

今や中央銀行が国庫に代わって通貨の支払いと受取りを行っているので、分かりにくくなってしまった。
しかし、非常に複雑にはなったものの、MMTが示してきたように本質は何も変わっていない。

そこで、本質を変えずに分かりやすくするデフォルメとして、

◆国庫金はペーパーレス化されていない
◆国庫金の出納事務は中央銀行ではなく政府が直接行う

ものとする。中央銀行は銀行預金⇄現金の需給に応じて現金の供給量を調節する。民間銀行は無リスク資産を質入れ/売却して中央銀行から現金を調達するか、銀行間で融通し合う。中央銀行は政府に直に現金を供与しないので、政府が支出するためには、徴税か借入(国債発行→市中消化)によって事前に民間部門から現金を調達しておく必要がある。

政府が国債を新発して現金を調達し、物品購入に充てるとする。

Ⅰ.非銀行が買う場合

国債の買い手が非銀行の債券投資家(保険会社や年金基金を想定すればよい)の場合は、

①債券投資家が取引銀行の預金口座から現金を引き出す。
②債券投資家と政府が現金と国債を交換する。
③政府と納入業者が現金と物品を交換する。
④納入業者が現金を取引銀行に預け入れる。

となる。下図は✚の左右が資産と負債、上下が増加と減少を表す。⑤は事前と事後の変化である。

画像5

一連のプロセスでは、現金がA銀行→債券投資家→政府→納入業者→B銀行と移動することで、預金がA銀行→B銀行に移動している。事前と事後で市中のマネーストックが増加していないことからも、政府支出≠通貨発行は明らかである。債券投資家は現金と国債を交換しているが、実質的には①で現金と交換された預金で国債を買っている。

Ⅱ.銀行が買う場合

買い手が銀行の場合は、②→❷、⑤→❺と置き換えればよい。

画像4

これだけを見るとB銀行に出現した預金は「政府支出によって発行された通貨」のようだが、そうではないことはⅠと比較するとわかる。

Ⅰでは債券投資家は預金⇄現金⇄国債と交換しているが、銀行は預金のuserではなくissuerなので、預金⇄現金を省略して②と同じ❷から始められる。銀行がこの段階で実質的には預金を発行していることの理解には、スイスの中央銀行SNBの総裁の解説が役立つ。

When a mortgage is taken out for the purchase of a house or an apartment, the deposit does not normally even appear on the borrower’s account, since the bank remits the loan amount directly to the seller of the house or apartment in exchange for the mortgage certificate.

⑦住宅購入者がA銀行から借りる。
⑧住宅購入者が住宅販売者と預金と住宅を交換する。預金と同額の現金がA銀行から販売者の取引銀行のB銀行に送金される。

画像3

事前と事後の変化が⑨だが、実際の取引では⑦⑧を省略していきなり⑨が現出する。A銀行で預金発行と現金の送金が同時に発生すると、預金はプラスマイナスゼロなので取引上は現れない。逆に言うと、預金が現れていなくても、⑨のような取引ではA銀行が預金をヴァーチャル発行していることになる。

⑨の貸出金を国債に置き換えれば❷になるので、Ⅱでは現金がA銀行→政府→納入業者→B銀行と移動することで、A銀行が発行した預金がB銀行に移動したことになる。Ⅰでは事前と事後で市中のマネーストックは増えないが、Ⅱでは増えるのは、A銀行が国債を買って政府に信用供与することが実質的な預金発行だからである。それ以外にはⅠとⅡの違いは説明できない。

現金が銀行に預け入れられた際に同額の預金が発行されることもmoney creation(信用創造)だという誤解があるようだがそうではない。単にcashがbook moneyに形態を変えるだけである。

When a bank customer withdraws money from his or her account, the book money is turned into cash. When its customer makes a cash payment into the account, the cash becomes book money again. No new money is created by withdrawing from or paying into an account. The money merely changes its form.

誤解している反緊縮派は国会議員にもいるようだが、誤った知識で財務省や日本銀行を問い詰めて困らせるのは止めてもらいたい。

付録:ケルトンの大噓

現金が流れる経路を把握すれば、ケルトンが騙そうとしていることが分かるはずである。

司会者「FRBが支出に用いたのは税金だったのですか?」
バーナンキ「いえ、税金ではありません。私たちはただ、コンピューターを使って操作しただけです」
大学生たちが疑問に思ったポイントは、ここだった。景気が悪くなれば、政府が財政出動をするのは教科書通りだが、財源を確保するためには税収が必要だと思っていたのに、「コンピューターを操作しただけ」とバーナンキが答えた意味がわからなかったという。

Fedが支出した「デジタル化された現金」とは、金融機関から財務省証券や政府保証債を買い取った代金としてFedにある預金口座に払い込まれたものである。政府支出に充てるために国庫に直接払い込まれたものではない。

We print it digitally. So as a central bank, we have the ability to create money digitally. And we do that by buying Treasury Bills or bonds for other government guaranteed securities.

アメリカでも連邦政府は財務省証券を発行してⅠやⅡの経路で支出している。以下はFedの説明。

The Federal Reserve purchases Treasury securities held by the public through a competitive bidding process. The Federal Reserve does not purchase new Treasury securities directly from the U.S. Treasury, and Federal Reserve purchases of Treasury securities from the public are not a means of financing the federal deficit.
In financing the federal deficit, the federal government borrows from the public by issuing Treasury securities, which are sold at auction according to a schedule that is published quarterly.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?